下村との面会6
一から十まで知り尽くせない二人は、語り合って埋めてゆくが、既に三人の子供が居ればそんな余裕はない。分担して取り組まないと家庭が守れず、必要最低限のやり取りで乗り切っていた。事業も拡大してゆく中では、下村と深詠子は家庭と仕事の両輪と割り切れば、多少の感情の行き違いに拘っている暇などない。
「最初から二人が力を合わせて盛り立てた事業なら挫折してもやり直しを試みるが、目的が違った此の二人はそうじゃない。途中参加の深詠子はただ家庭を守ることに専念していれば良かった。そこに訪れたのが事業の行き詰まりなんですよ」
真苗がまだ小さくて深詠子も行き詰まったが、落ち込んだ下村は再起不能と見極めた。
「なるほど目的が違う下村と奥さんでは、今は意思疎通を図るより、二人とも家庭を充実させていたんですね。それが望めなければ下村は死を、奥さんは離婚を考えたって訳ですか」
割り切る三木谷は、藤波と深詠子の関係を何処まで知っているのか、死者に聞けない。磨美さんか下村しかいない。生前の深詠子を良く知ってるのは磨美だ。三木谷の雰囲気では熊本の兄にまで訊きには行ってない。
「それでも二人はこうして欲しいと、お互いに思うところは山ほどあった。下村にすれば長男が独り立ちするめどが立てば、じっくりと深詠子と向かい合う。それまでは何としても突っ走るつもりでいたんでしょう」
「私も所長と意見交換をしましたが、だいたい藤波さんと似たような所に落ち着きました」
それでも私達は藤波さんよりも無制限に近い時間、接見したが下村の心の奥には踏み込めなかった。なのに藤波さんは短い二回の接見で心の入り口を見付け出してしまった。人情のない行きずりの強盗殺人以外は当人にはどうしょうもない動機が存在する。特に心中事件ほどその闇は深い。その心の闇に光を当てたいと、高嶋と彼は同じ思いに立っていると藤波は感じた。