下村との面会4
此の時、彼が上目遣いに見せた目は、喋りたいのは一目瞭然だった。しかし下村は上半身を屈めたまま少し起こして頭をたれた。矢張り深詠子の過去に拘りがあった。深詠子の亡きがらを報されると、今、置かれている立場を下村は認識したのだ。これで喉元まで出掛かった言葉が、現実の深詠子の亡骸に恐縮したのだ。彼は急に痙攣を起こして頭を抱えた。時間はあったが無理だと悟り、警察官に今日の面接時間の打ち切りを告げて藤波は部屋を出ようとした。
「藤波さん、すまない。頭が混乱して、すまない、すまない」
と藤波の背中に下村は懇願した。藤波は振り返ると「無理しなくて良いです、もう深詠子は逃げも隠れもしません、あなたが思うときに現れます、それまでゆっくり待ちます」
下村はすまないと繰り返し、警察官に面接時間を促されて起ち上がり、部屋を出しなに軽くお辞儀をして出た。単なる面会に来てくれたお礼じゃない、期待に応えられずに謝罪していると受け取って藤波も部屋を出た。
この頃になると署内でも同じ路を通るから、署員とは喋ったことはないが顔馴染みになって、余り警戒されずに素通りできた。
警察署の玄関近くに居た若い男には「すわ! 刑事か」と緊張したが、良く見ると若すぎてまだ学生気分が抜けきらない男だ。そのまま行き過ぎようとして呼び止められて、ギョっとした。差し出された三木谷と書かれた名刺から高嶋法律事務所の者と解った。あの事務所の使い走りか。
「此の前に高嶋さんの代わりに下村さんと接見した人ですか」
予想通り頷いた。今年の春に法学部を卒業して二年間は面倒を見てもらえる。在学中に司法試験予備試験に合格していた。今年の七月に三回目の司法試験を受けて三回落ちてあと二回は事務所で働きながら受けるそうだ。司法試験予備に受かれば五回まで司法試験を受けられる。五回失敗すれば諦めろと謂う事か。