藤波の恋談義1
仕込みを終えた軽トラは荷台に僅かな食材を積んで走り出した。可奈子は幌になる分厚いカバーを敷いただけの荷台を見て、これならセダンタイプの車のトランクに収まるんじゃないのと思えると、どうして普通車でなく軽トラなのか首をひねった。
「先ずはなにが知りたいんだ」
ハンドル操作をしながら訊いた。
「そうね、名前は聞いたから次は苗字かしら、何て言うの? どうして出会ったの?」
十年年前に大学を中退して行った会社は三ヶ月で辞めた。それから二年間で会社そのものか、組織なのか果ては、そこに居る人間模様に染まりきれないのか、その全ての要素が絡み合って八回も仕事を変えた。九回目の会社で君嶋深詠子に出会えた。この時は上司の彼女だった。実に面倒見のいい上司で、親身になって仕事を教えてくれた。二年以上幾多の会社を遍歴した放浪生活の中で骨身に染みた藤波には、この上司は兄のように接して、彼女からも同じように可愛がられた。
「そうなんだ。二人して俺に色々と世話を焼いてくれて、おかしな関係になってしまったんだ」
「どう言うこと?」
「深い干渉が思いやりに変わると、二人とも兄と姉のように均等に俺を気の毒がって親身になってくれて、右も左も分からない社内で、この二人だけが身辺を照らす灯台だった」
ひとりっ子の藤波が、子供の頃から知っている可奈子は顔を合わせれば文句を言われた。それだけに二人から優しくされると親しみが増す。特に深詠子には姉以上に込み上げるものがあったが、それを抑えられたのはあの上司のお陰だ。
「ウッ、文句はともかく。それって、深詠子さんって年上の人なんだ」
「そうだ。だから最初の恋心はお姉さんって感じで、この二人のお陰で他の社員ともコミュニケーションが上手く取れて今までの会社では一番居心地がよかった」