下村との面会1
可奈子は店に出たり出なかったりだ。それだけ暇な日もあると謂う事だ。真苗は開店から一時間、遅くても夜の七時には二階へ上がらせた。お陰で長老格の酒巻さんは五時の開店と同時にやって来て端の席に座り、真苗をその隣に座らせて話し込んでいる。知らない客は、おじいさんとお孫さんが来る店だと、気軽に此処で腹ごしらえをして、祇園花見小路に繰り出す。一見さんが多いときは可奈子も出てくれるが、常連客の時は余り顔を出さない。近所の人は立花の喫茶店で観光客が来るまで珈琲を飲んでいた連中だ。朝のすがすがしい雰囲気に慣れた所為か、可奈子は藤波の店では敬遠されている。その内に慣れるさと藤波も気にしてない。
真苗は結構人気者だが夏休みが終わり、二学期が始まれば春休みまで出さない。何や九月までか寂しいなあ。一番に堪えるのは酒巻の爺さんだけや。そんなことないで工事現場で交通整理やってるじいさん、最近此処に来て真苗ちゃんの顔を見れば疲れも吹っ飛ぶと言うてた。どうも真苗は八歳にしてはよう気の付くところが、還暦をとうに過ぎた連中にはたまらんほど可愛いマスコット的存在だ。
最近の孫は何か用を言い付けてもゲームに夢中で小憎たらしい。そこへゆくと「おじちゃんどうしたん?」ってあの声で言われてみい、胸にジーンと染みる。真苗が二階へ上がると店に残った連中は、そんなあの子との会話を肴にワイワイとやりながら焼酎を呑んでる。
七時までは真苗に人情話や、おっちゃんたちの子供の頃の話などを「それから、どうなるのぉ? それからどうしたん?」と合いの手を入れるように、孫ぐらいの子にせっつかれると「よっしゃ、よっしゃ」と話が弾んで来る。お陰で藤波はカウンターの内側で丸椅子に座ってのんびり出来た。
真苗を見ると、子供は環境が悪くても、特に奇異な行動があっても、豊かな感情表現で接して、安定した情緒のもとで、おそらく深詠子は育てていたのだ。