高嶋弁護士11
「深詠子はお飾りに徹する女性じゃないですよ。いざとなれば言いたい放題言って叱責したあとで、ケロッとして、さあ今夜は何食べるって微笑んでくれる人ですから、真面に愛情を受けてない下村には、その笑顔が希少価値になって、失いたくないと思い詰めた結果なんですよ」
ほう〜、と珈琲カップを手にして、空に気付いた高嶋は慌てて二つ追加した。
「深詠子さんは自分の価値を知っているのは多分、藤波さん、あなただけだと思ってる。下村はそれでも腫れ物にさわるように一緒に暮らした。此処までの話を聞いて、おそらくそのまま何事もなければ後十年、真苗ちゃんが歳頃になれば、深詠子さんは離婚したでしょう。その頃には下村の二人の子供も大きくなって少しは気持ちも変わったでしょうが、今は奥さんを絶対に手放したくはなかったのでしょう」
それがあの行動に走らせた。
妻と謂う希少価値を亡くして途方に暮れている処へ、空白の八年を乗り越えて藤波と謂う男が下村の所へやって来た。
「しかも、わざわざこんな所まで面会に来てくれた。これには途方に暮れた下村も閉ざされた心の隙間に光が差し込んだのじゃあないですか」
「何度も言うように、下村とはまだ会ったばかりなんですよ。勝手にそんなん決めつけないで下さいよ」
深詠子は藤波との愛が真実だと知らせるために真苗を通じて伝えたかった。それほどまで心を寄せる藤波を、下村は何かにつけて此の八年は畏怖して来た。その男が監獄まで会いに来る。この感激に浸った下村はその男に懺悔したい。
「だから藤波さんは、深詠子さんに代わって崇める存在だと思っているんですよ。あの閉ざされた世界では」
「ぼくにそんな霊力なんてありませんよ!」
と強く否定した。
高嶋弁護士と比べて、下村とはまだ二回しか接見してない藤波には、何処までが真実か見定められない。