高嶋弁護士9
表現方法? 深詠子が遺した真苗が、愛した表現の産物なのか。弁護士には他に的確な言い方はないのか。何れにせよ、深詠子には、いつか愛の結晶を藤波が観ても見劣りさせたくなかったに違いない。ここ数日の真苗を見て、必死で育てたと解った。
「その真苗ちゃんですがどうですか?」
深詠子さんが自分の心を偽ってまで下村に嫁いだ以上は、しっかりした子に育てないと、あなたと別れた甲斐がないと高嶋は今までの面会で感じている。
「つまり下村は、真苗ちゃんの育て方に関しては、深詠子さんには一切口出ししていないんですよ。それだけまだ見ぬ藤波と謂う男の影を、真苗ちゃんを通して下村は抱いていたと私は感じました」
そうか! それで下村は真苗を見て、持ってた包丁の力が抜けたのか。
「何か気付かれましたか?」
「いえ、下村と面会しても、まだそこまで考えが及びません」
これは次に下村との面会でぜひ確認する必要がある。
「そうですか、これは裁判では大事な処になると思うんですが……」
「それほど大事なんですか」
「ええ、つまり殺人事件から心中事件にすり替えられる。どっちにしても人を殺したんですが、情状酌量の余地が大いに出来てくるんですよ」
そうなるとどうしても、真苗を証人として呼ぶ必要がある。でもあの状況を引き出したのは可奈子だ。
「今までの下村との接見では私は藤波さん、あなたに対して下村は畏敬の念を抱いてる、と最近の彼を見て感じているんですよ」
「それは多くの犯罪者と対面してきた高嶋さんの勘に過ぎないんじゃないですか」
「いや、これから下村が、藤波さんとの面会時間が増えればもっと顕著に表れますよ」
それは、おそらく下村の妻であった深詠子さんの影響力だ。つまり神聖なもののように崇めていた深詠子さんを亡くして知った藤波の存在が、大きく下村の心に宿り始めている。