高嶋弁護士1
キョロキョロと辺りを見回しているが、よそ見をしている風でもない。しっかりと視野に入った出来事を的確に捉えている。丁稚車やモートラは少しでも隙間があれば猛然と突っ込んでゆく。行く手を急に遮られた他の運搬車は激しい罵声を浴びせる。今にも大げんかが始まるかとヒヤヒヤしても、彼らは「おぼえとけ!」とひと言怒鳴り散らしてモートラと丁稚車は別れてゆく。彼らには小売店から受けた注文の品を早く正確に届けるのが仕事だ。小売店はその日に必要な売り物を注文すると直ぐに引き上げる。店に戻って商品を並べる段階で注文の品がなければ「どないなってんね!」と電話する。すると今度はモートラでなく車で小売店まで配送する。余計な仕事が増える。市場内から注文主の車までの配達は一分一秒を争うゆえ、同業者どうしで言い争ってる時間はない。市場で働く者はなんぼ大声で怒鳴っても直ぐ事を収める。混み合ってももたもたせずに際どい処で上手く回避している。真苗は駐車場から市場に入るまでに、そんな光景を物珍しく観察していた。
あんな怖いおじさん達を初めて見たが、みんなは「おぼえとけ!」の汚い口癖が挨拶になっていると真苗が知るのに時間が掛からない。これにはしっかり手を繋ぐ可奈子も感心した。駐車場から小型の搬送車や人力の荷車で隙間なくごった返す通りを抜けて市場に入った。中は裸電球に照らされて並ぶ卸売店が真苗にはまるでお母さんと行ったお祭りの夜店の光景とタブって眼を輝かせた。市場に小さい子は滅多に居ない。居ても卸売店の者がたまに連れてくる程度で真苗は目立った。しかも初めてなのに物珍しそうに、各店舗に並ぶ商品や買い付け業者とのやりとりを、物静かに眺めている。その所為か初めて藤波が連れて来た子なのに、冷やかす業者は一人も居ない。それどころか利発そうな子やなァと口々に言われた。これで益々、深詠子の影響を意識した。
「どうだ、面白いか」
「ウン」
「でもスーパーと違って飾りっ気がないだろう。此処は何が欲しいかでなく何が売れるかで商品の品定めをするからだ」
季節ごとに旬のものが出回ると、それに合わせて仕込むが、親の代から来ている客の好みは把握している。