真苗の意欲3
「あれを読むと、なるほど千円札の肖像画に納まるのも頷けるんじゃないか」
「でも、全体があんな文章の連続ですから。余程あの作家に凝らないとついていけないわね」
どうやら可奈子は、真苗ちゃんに引っ張られるように読んで、向こうのカウンター席で一人読みふける真苗の姿に感心してる。
「よーし、あの子にもっと別な刺激を与えるか」
「じゃあ遊園地でも行くの」
「この前行っただろう。今日はこれから中央市場に食材の仕込みに真苗ちゃんを連れて行こう」
「大丈夫? あそこはうかうかしてたら蹴っ飛ばされるよ」
「だから刺激が有って良いだろう」
「今日は下村との面会はいいの?」
留置場の面会は一日何件と制限があって、今日は申し込んだが頻繁に弁護士の面会が詰まっていて日延べされた。
市場へ行くかと訊けば、真苗は嬉しそうにウンと頷いた。
軽トラ助手席の可奈子の膝に乗せて出掛けた。車が動き出すと真苗に「草枕」と「ごんぎつね」を比較して解るか訊いて見た。するとそんな童話は随分と前に卒業して、少年少女向きの本を読んで戸惑いも少ない。どうやら小学生の頃から児童文学を深詠子は与えてる。それでも「草枕」では内容にかなりの差がある。
「お母さんも、あの本の女性みたいに、あんな突飛押しもない事をするから面白い」
「あら、そうなの」
とこれには可奈子が驚いている。
市場に着くと、先ず駐車場の混雑をみて、真苗は目を白黒させてる。可奈子がしっかり手を握って市場に入った。真苗は可奈子が初めて別なところへ連れてきたときより落ち着いて熱心に見入ってる。最初は気が抜けないと思った可奈子も、あまり物怖じしない子だと安心して同行させる。藤波には益々、深詠子の存在感がヒシヒシと真苗を通じて伝わって来た。