真苗の意欲2
「なんだ可奈子も読んでるのか」
「だって真苗ちゃんが読んでるのに、知らなけゃあ後で訊かれたら困るでしょう」
「それもそうだが」
二人とも熊本での話を聞いて直ぐ実行に移している。だが藤波は何もしなかった。あの時に気が付いていれば深詠子も尽くしてくれたかも知れない。それにしてもこの子は今でも亡くした母を逐っている。まだ自立できない子供にすれば当然だろう。それでも下村の行動は間違ってる。それを「ごんぎつね」のように分かりやすく説明すればいいが、あいつに童話の話をしても外国語を教えるようなもんだ。良くそんな相手を深詠子が受け容れたもんだ。
「本当にちゃんと読んでるのか」
「どうして」
「夏目漱石は難解な漢字もあるだろう」
「あたしも、買うときにそれを心配したけど、結構あの子は漢字知ってるのよ。それに、ほとんどの漢字にふりがなが振ってあるから」
「それもそうだが、漢字は小学校で習うが、その前に深詠子が教えたのか」
何の為に。ひょっとして真苗が大人になれば俺の所へ「こんな立派な子になったけどあなたはどうなの」ってひけらかすために育てたのか。これに可奈子は考えすぎと言うが、深詠子ならあり得る。
「何処まで読んでるんだ」
「もう半分は読んでる」
「ほ〜う、それで何回、分からない箇所があったんだ」
「それが漢字じゃなくて言葉の意味」
「それをいちいち説明してるのか」
「啓ちゃんも読んだのでしょう」
「深詠子と別れてから必死で読んだが、小学生には難解な本だ」
「小学生でなくても、あたしでも苦手な本ですぅ」
実家で深詠子さんが紹介した前田家別邸にあった風呂場の入浴場面を読んだが、どうしてあれだけ難解な文章を四ページも、これでもかと並べて読み解くのに可奈子は苦労したと言って退けた。