酒巻の人生訓3
ぐじの塩焼きが終わりホッケを注文した源さんが、また他人事みたいに、
「みんなごちゃごちゃ言うてるけど、結局は自分の限界を知ってるさかい言えるんや。起業家精神なんてこれっぽっちもみんな持ち合わせてないさかい、能力に応じた仕事に甘んじているさかいそんな講釈をたらたらと垂れられるんや」
とのたまう、これには酒巻も呆れ果てた。
「今宵の酒に酔いしれれば本望や、こうしてエリート社員の愚痴を肴にして年金生活に酔いしれて余生を過ごせばええんや」
源さんにやっさんが合わした。
「そやそや、我々は上を見たら切りがないが、下まで落ちる手前で何とか頑張ればええ」
何とか足らん年金を補填している山崎のじいさんも合わした。
起業家に失敗は付きものだが、問題は人生に終止符を打つような大失敗の時に真価が問われる。大きな間違いほど直せば大きな進歩になる。その大きなチャンスを潰した。それを土台から根こそぎ取っ払ったニュースの男は、そこまでの人間だ。
「じゃあ、あの男に何が欠けてるんです、酒巻先生」
源さんが襟を正した。
「先ず失敗の原因を探り、間違いを正して、試行錯誤を繰り返し忍耐力を養うこっちゃ。その上で起業家精神の根本を見直すこっちゃ」
「どう見直すんでっしゃろ」
やっさんが合いの手を入れる。
「簡単なこっちゃ。猪突猛進は間違いに気付きにくい、そやさかい起業家精神の論理にも気付かへん」
「何ですか、その論理は」
藤波が気になった。
「経済主義では見落とされる弱者の救済や。利潤を求めてもそこから上がる利益の一部を常に社会福祉に回していれば、挫折した時にあんな一家を道連れにするようなことは思いつかんやろう」
これが酒巻の人生訓だ。