居酒屋「どん底」3
「そうか、幼馴染みちゅうのはなんや知りすぎて、今更って思うわけやなァ。それでよそへ嫁いだが、慣れ親しんだ実家がええちゅう訳で、戻って来た時はみんなどやねんって思ったそうや。まあ、あんたの過去は知らんけど今まで女と出来てないことはないやろう」
そうですねと返事に困ってると、どやどやといつもの連中がやって来た。
「オッ、今日は源さん一人か」
「長老の御大将も来たか」
噂をすれば来よったと源さんは招いた。また余計なこと言いよってと座った。
さっそく真苗ちゃんが用意した付き出しを、手際よくカウンター席に出した。これにはみんな手を拭きながら、オッと目を見開いた。今までの藤波一人ではこうはいかなかった。
「立花の娘が来たお陰や」
もう酎ハイを呑みだした長老が言った。
そこでやっさんと山崎のじいさんが、長老と呼んでる八十の爺さんの名前を聞いた。
「余計な事を訊くな」
「そやかて、その歳でなんぼ酒好きでも毎日は堪えるやろう」
「肝臓の為にちゃんと週に一回は休肝日を設けてる」
「それって此処の定休日やろう」
「ここのおやっさんの代から来てるんや」
「それや、豊田はんから聞いたが、長老は酒巻さん、ちゅうっ、苗字でっしゃろ」
「彼奴、しょうもないこと言いよって」
何でも戦後の苦しい時代を豊田も酒巻も知ってる。以前有ったあの丸椅子をガード下の靴磨きの丸椅子やと言ったのは長老の酒巻だった。
「あの頃は一家心中まで行きかけた家が多かったとか、源さんに聞いたんですが……」
藤波が口を挟んだ。
「それも豊田が言うたんか。しょうもないやっちゃ」
「こないだテレビでやってたあの事件か、今時どやねん」
とみんなが騒ぐと酒巻は、あんなもん昔と比べるなと言い出した。
戦後と違って物が有り余る時代に、まだそんな事件が起こってる。それでみんなは急に関心を持って酒巻に訊ねた。