真苗の心境3
「間違いなく下村は真澄と孝史を殺めてから、二階に逃れた深詠子を完全に殺そうと上がって来たが、目の前に真苗が居たのか」
「そこで下村は持っていた包丁をだらんと下げたのよ。その隙に体ごと打つかったって」
思案の揚げ句、話はそこに戻ったのかと可奈子はため息を吐いた。
「そう云ったのか」
此の時、下村は何を考えたのだろう。下村は前から真苗を余り可愛いとは思えない行動を取らせたのは深詠子だ。その深詠子に今生の別れを告げようと振りかざした包丁の前に立ち塞がる真苗を前にして「俺は何を考えてるんだ」とふと我に返った。
「そんなん無理、無理。真苗ちゃんは『そんな事を考える人じゃないって、いつもお仕事お仕事って突き放すもん』だって云ってるわよ」
「そうか、小学生には無理か。それで、今がチャンスだと思い切り打つかって一階まで転げ落ちた父の上を駆けて抜けて行ったのか」
「所詮、下村はそれだけの男なんでしょう。でも今頃になって真面に見つめ直しているところが可愛いと謂えるわね」
仕事と家庭を両立できない。そんな男は普通は刑が軽くなるためなら弁護士の話に乗って多少は現場の状態から許せる範囲に事実を歪曲する。が下村は自分の犯した罪と真面に向かい合っている。その内に検察側の尋問がきつくなれば、今まで崇めていた深詠子さんを、独りの人間として愛おしく思えるのか、前言を翻すかも知れない。下村が心を寄せたあの頃の深詠子を思い出させれば、真苗ちゃんを見て包丁を下ろした真意に迫れる。起業家ほど甲斐性のない者を見下す。そんな男ほど改心を認めない気がする。下村の考えが柔軟なうちに真意を導き出せれば、深詠子の死も生きてくる。果たして仕事しか頭にない男の隙間に、どれだけ詰まっているか。
案ずることはない、人の脳は無限に発達する、但し良い方にも悪い方にも。それは受け入れる改心の素地が有ればだ。藤波に何処まで追及出来るか。次からそのつもりで下村に会わないと水泡に帰す。