第89話 不完全な龍化
「不完全は今の姿? 既になってるなら違う。さらに不完全……龍体ではなく擬態も姿を……」
「人の身に拘るのはなぜ? 人の身と人の思考、なぜ龍体となっても龍より人を求める」
「それは……」
その理由は明確だ。
僕がかつて人であったからだ。20年以上、歩んだ道を僕は忘れていない。
だから無意識でも、意識的にも僕は人であろうとしているのだろう。
完全な龍なら、考えられない行動も取っている。
殺しに来た人を殺さない、わざわざ危険を理解していて人を助ける。
理由は、人を殺したくないなどと言う物だ。
龍として考えたら相当の物好きの行動だ。
別に龍が嫌いな訳では無い。
龍体であることが嫌な訳でもない。
寧ろ人時代より便利で、見た目も良いこの身体は気に入っている。
ただかつての人であったことを、忘れられない。
「力を望むならば龍を受け入れよ」
「受け入れる……龍を? それなら……」
僕はハッとした。シクの言葉で1つ案が閃いた。
これならシクの言葉の答えになる、確かにこれは不完全も力と言える。
それに目的の移動の手段を確保できる。
やったことは無いけれど、出来るとは分かる。
その事自体に抵抗感はないけれど、シクの言葉が無ければ僕では絶対に辿り着かなかった。
1人では候補に絶対に入れない物。
「……わかったけどこれどうやるの? この姿にしか無かったことない」
ただ問題もあった。
僕には、その姿になる為の方法が分からないのだ。
擬態の姿はいつも同じ、ずっと不完全で角が生えている状態だ。
どうやって調整をするのか、考えたことすらないから思い付かない。
……龍体になる時の感覚を途中で止める感じ? だとしても分からない
僕自身、余り龍体になったことがない。
だからその感覚も、いまいち分かりかねている。
「龍体になる時をイメージして、感覚を寄せる。龍体にすぐに成れるなら可能」
「そうは言っても想像が難しい」
「見てて」
「え?」
シクは、そう言って片腕を前に出す。
少女のような細い腕と可愛らしい小さい手が見える。
突如、その腕がドロッと服ごと溶けた。
「うわっ、溶けた!?」
「あぁ、見せるのは初めてだったか」
驚きのあまり声を上げる。
シクが人では無いことは知っていたけれど、僕は少女体しか見たことがない。
僕の龍体に当たる姿を見るのは初めてだ。
だから僕は驚いた。まさか液状化するとは思ってもなかった。
シクの腕だった物は、どす黒い液体のような何かに変貌する。
地面に垂れた液体は、自由自在に動き回る。
「自分の意思で動かしてるの?」
「然り、これもまた肉体である。変化を理解していれば造作もない」
もう片方の腕も溶かして、自在に操っている。
これをわざわざ見せたという事は、僕にも似たような事が出来ると教えるためだろう。
今のシクの姿を、自分に置き換えて考えてみる。
そうすると、シクの少女体が擬態の姿、液体状が本体(僕で言う龍体)に当たる。
「大半は擬態の姿を維持して、身体の一部だけを龍化させる。なら……」
それがシクが言っていた物の答えだろう。
その姿は、完全からかけ離れた中途半端な物となる。
しかし、それは人に近い姿で、龍の力をより行使できるという意味でもある。
人の形で龍に近づくこと。
ファンタジーの世界で言う。所謂、龍人と呼ばれる者達の姿を、想像すればいいのだろうか。
……成るなら人寄りの龍人か。イメージは想像出来た
龍体のことを思い出し、龍の何が必要かを考える。
……まず必要なのは移動だから翼、龍体ほどの大きさは必要は無い。サイズはひとまずいいか。後はせっかくだからウロコと肌を切り替えれたら完璧、龍の爪は……そもそも本体腕ないか
幾つか考えて実行する。
せっかくやるなら、一気に纏めてやりたい。
大きく息を吸って吐く、深呼吸を挟んでからチャレンジをする。
落ち着いてちゃんとやりたい。
「緊張する」
なんだかゲームの大会や重要イベントの時の感覚、ワクワクもありつつ緊張が身体を走る。
「失敗したら説教するから覚悟」
「なんで緊張するようなことを言うのかな君は……」
「まぁ、最初から成功などほぼ有り得ない。安心して失敗すると良い」
「それもそうか……良し! 当たって砕けろだ!」
簡単な会話で少し緊張が解れた。
静かに龍体になる時の感覚を呼び起こす。
……来た
あの感覚が来た。
そして、僕の体は変化していく。
龍のあの姿になろうとする感覚を抑えつける。
完全に肉体を龍に変えるのではなく、必要な部分だけを出現させる。
龍の力で欲しいのは何か、最優先は飛ぶための翼で次点でウロコ。
……翼は背中、ウロコは腕
集中して決めておいた部位だけ変化出来るように、抑えつつ力を流し込む。
背中に翼が生える感覚、腕にウロコが生える感覚がゾワゾワと来る。
龍体で空を飛ぶ際に使っていた一対の翼、そして両腕に龍のウロコを出現させた。
「素晴らしい、一度で成功させるか」
「うわっ、真っ白で綺麗、ウロコ大きいな」
両腕を確認する。
感覚で鱗が生えていることは分かっていたけれど、姿を見たかった。
綺麗な純白のウロコが生えている。
ウロコは1枚1枚が大きく、細かい物がブツブツとしているような感じはしない。
少しウロコを叩く、鋼鉄を叩いているかのような硬さを感じる。
飛竜の攻撃を受け切った硬さは健在だ。
「翼も良い感じに見える」
「本当だ、翼が人間サイズになってる」
ウロコの次に翼も確認をする。
コウモリの翼のような形をしているけれど、これまた純白の美しい翼。
大きさは人間サイズに合うように小さくなっていた。
「これはつまり成功ってことだよね」
「然り」
僕はガッツポーズを取る。
僕は見事、一発で変化を成功させた。