第88話 渡る手段
シクの指を差した方向を見る。
シクは湖の方を指差していた。
……湖……水……水の中?
「……水の中では育てられないぞ?」
僕は首を傾げつつ言う。
育てられる種類もあるだろうけど、水の中はこれらの植物には多分向かない。
そんなことをしたら枯れてしまう。
「私は陸の植物を水の中に埋めろとは言わない。その先にある場所」
「その先の場所? もしかして反対側?」
「そう、滝つぼを挟んだ先にある地」
僕らがいるのは、小屋側から崖を向いた時の湖の左側に位置する。
シクが指差したのは湖の右側、そちらは食料探しなどで時々行くくらいの場所だ。
しっかりと見てみる。
こちら側と大きさもほとんど変わらない上、そちらには小屋も無い。
だから、余計広く感じる。
あちら側では戦闘をしていないから、当然、戦闘の痕跡もない。
言われてみれば良い立地だ。
……こちら側ばかりで考えすぎたかな
あちら側には湖か川を渡る必要がある。
正直それが面倒だ。
だから無意識で、僕は候補から外していたのだろう。
逆にシクにはその感覚がないから、最初から候補に入れて考えられた。
シクに聞いて正解だった。
「確かに、良い場所、候補から外していたよ」
「問題はある。渡り方はどうする? 浅い所を通るか?」
「うーん、それだと結構下まで行ってから渡らないとダメだから手間」
周囲を観察する。
移動するのに良い場所があるかを探す。
湖や滝、崖、川などを見ていく。
……定番なのは橋か。ただ湖に作るとなると結構な大きさが必要か。材料は余裕あるけど
もしも湖を渡る橋の場合、かなり大きめに作らないとならない。
そうしないと端まで届かない。
材料は、木にすれば沢山あるから問題ない。
問題があるのは制作時だ。作るなら僕は物体操作を使って行う。
しかし、僕は一度にそのレベルの大きさの物を作ることが出来ない。
だから、何回かに分ける必要が出てくる。
その上、橋の制作技術なんてない。上手い構造も特に知らない。
そして、何回かに分けて繋いだとして、上手く行くとは限らない。
一応、時間や手間は掛かるけれど、トライアンドエラーは出来る。
ただ下手に橋もどきを湖に落とすと、環境を壊して魚に甚大な被害が出そうで怖い。
……川側だとしたら殆ど意味ないし
川側に行けば比較的短く済む。けれど、移動の手間がほとんど変わらない。
「良い案が出ない」
「……なぜ?」
「なぜって……橋は大きいの作らないとだけど物体操作だと一度にその大きさは作れないし、あと考えつくのはイカダくらい?」
「なぜ人の思考のままなのか不可思議」
「うん?」
シクはため息をついている。
……うーん、人の思考って言っているから龍の力でどうにか出来るって事かな
龍の力で試しに考えてみる。
身体強化でひとっ飛びは届かない、池ポチャ確定。
物体操作はさっき言った理由で大変。
他の能力はこれには使えないかな。
……崖上に登った時のようにゴーレムに投げてもらう? それなら届きそうだけど戻る時が大変
行きで投げてもらっても帰りに投げて貰えない。
一体をあっちに待機させる事はできるけれどゴーレムの数が少ないからしたくない。
元々3体しか出せないゴーレム。
その上で今、動かせるのは2体だから無し。
「龍形態? でもあれは大きすぎるしわざわざ行き来に変えるのも……」
「もしや前に伝えたこと忘れた?」
「前に伝えたこと?」
再びシクはため息をつく。
こいつ忘れてやがるという呆れたため息だろう。
いや、違う。
僕は覚えてはいる。
多分彼女が言っているのは『完全を目指さず不完全もまた力』の事だろう。
だけど僕はその意味をまだ分かっていない。
それを解決したら力になるのだろう。
「覚えてるよ。ただまだその意味が分かってなくて、ヒント欲しい」
「……龍体も擬態もなぜ完全を求める。力は姿の完全を必要としない。答えは主自身で導き出せ」
「う、うーん……」
新しいヒントなのだろうけどいまいち答えを出せそうにない。
2つのヒントは多分言ってることは同じ。
ただ今回は、より直接的な言い方な気がする。
「人の策でも良い。力に関してはゴーレムが居る」
……姿の完全、前回も姿の事とは言ってたけど……龍体も擬態も完全ではなく不完全を? 完全ってのはそもそも何を……
「もしかして、完全はあの龍形態と擬態は完全に人の形を取ってる姿?」
「あれは人の模倣ではないけれど、良い思考だ」
僕の考え方は合っているようだ。
ならその考え方で答えを導き出す。
これは僕自身が導き出すことが重要なのだろう。
……完全がわかった、なら逆に不完全とは……
シクの言葉を頼りに少しずつ答えに近づく。