第74話 理想郷と反理想郷
「望むは平穏なる理想郷、祈るは傷無き世界、嫌うは武器、拒絶は奪う者、我を元に我が理想を顕現する」
詠唱を紡ぎ語る。
この詠唱は、長文詠唱と言われる詠唱だ。
長い言葉で紡がないと発動しない魔法。
短文の雷閃と違い、素早く使えない。
「害を、悪を寄せるな理想郷」
魔法を展開する。
僕の右手に、明るい光を帯びた紋章が浮かぶ。
魔法が無事発動した証拠だ。
近くにいた魔族は遠くまで、何かに押し出されるように吹き飛ばされる。
遠くから迫ってきていた魔族は、透明な壁にでも阻まれるかのように動きを止める。
「魔族が押し出された? どうなっている」
「これは魔法か……いやでも聞いたことがないぞ! なんだこんな魔法」
「結界魔法か?」
「たった一人でこの規模を!?」
騎士たちは、突然の出来事に戸惑う。
すぐに魔法だと気づくが、どういうものかまでは掴めていない。
僕が作った魔法だから知らないのは、当たり前。
彼らに伝える必要も無いから、何も言わない。
……ちゃんと発動できた。詠唱長いのが厄介だなぁ
分かっていたけれど、長い詠唱が厄介。
その間、無防備になるのが痛手。
だから、ゴーレムに自分を守らせた。
能力による発動補助と長文詠唱による強力な魔法、どちらも可能に出来るのが龍の肉体。
魔法名 『理想郷』
自身を中心に一定の範囲に、魔法の結界を施す事が出来る魔法。
結界の力の1つは、味方や守る対象などを通し敵と見なした者を拒絶する。
防御系の魔法だ。
もっとも魔法の詠唱と消費が多い上に、発動後、解除するまではこの場から動けないと言う条件付き。
言ってしまえば凄い使いづらい、後、使う状況を見極めるのが重要。
その上で、他にも問題がある。
結界の範囲が広いため、剣を振るったところで敵には当たらない。
炎や魔法も遠すぎて、当たるか微妙と言う。
つまり、この魔法だけを発動した場合、僕はほぼ何も出来ない。
この場から動かなければいいから、座る事や寝転がる事は出来る。
今の状況に、そんなに向いていないような魔法をなぜ使ったか。
それは、この魔法が2種の魔法によって完成する複合魔法であるからだ。
どちらも単体使用が可能の魔法だが、複合することで真価を発揮する。
僕はこの2つを、1つの魔法として認識した。
そして、もう1つの魔法詠唱も行なう。
魔族たちは、理想郷に立ち入る事はできない。
だから、安心して詠唱ができる。
先にこちらを発動したのは、それが理由だ。
「我は望まぬ、されど世界は求める、ならば我らは理想を盾に、祈りを鎖に、嫌う物を武器に、拒絶を力に、我を元に世が理想を顕現する、仇なすを潰せ 反理想郷」
「また詠唱だと」
「次はどんな魔法を使う気だ……」
左手に淀んだ光を帯びた紋章が浮かぶ。
理想郷と同じで、魔法の発動が発動した証拠。
魔法名 『反理想郷』
その力の1つは、理想郷の障壁が受けた攻撃に反応して擬似砲台で反撃する物。
擬似砲台は魔力で作られたあちらの世界の砲台の形に似せた物、原理は全く違う。
そして、放つ砲弾もオリジナルであり、魔力によって生み出される。
……でもこれ、魔力消費が大きいからなぁ
砲弾や砲身なども魔力を使うせいで、かなりの魔力を消費する。
ただし、攻撃範囲や一度の攻撃の数は、まとめて放った炎と分割した炎のどちらも優に超える。
こと殲滅力なら、今僕が持つ攻撃手段で最高。
限定的な高火力広範囲殲滅魔法。
魔族たちは、障壁に突進して攻撃を仕掛ける。
爪で引っ掻く。
ただの防御障壁だと思って、攻撃をしている。
まぁ反理想郷を使うまでは、その通りだったけれど。
……いい感じに攻撃してくれてる
障壁に触れる攻撃の全てに反応して、反理想郷の力が発揮される。
突如、紫色の半透明の砲台が空間に出現する。
1つではなく、複数が同時に展開された。
攻撃をしていた魔族に、素早くその砲身を向ける。
複数の光の点が魔族に向かって眩しく輝く。其の瞬間、重々しい轟音を鳴らし砲弾が放たれた。
魔力の砲弾は魔族に命中すると、大爆発を起こし、周囲の魔族を瞬く間に焼き払っていった。
「なんだ!? この轟音は!」
「凄まじい爆発だ!」
「これも魔法なのか……?」
魔力の砲弾は、物体に触れた瞬間に爆発へ変化する力を持つ。
だから、触れた直後に大爆発が起きた。
敵と攻撃を阻む守りの理想郷と、敵を殲滅する攻撃の反理想郷。
これが僕の生み出した複合魔法。
魔族が、次々と殲滅されていく。
その光景を見て、自分で作っていながら、その力に恐ろしく感じる。
もっともそういう魔法として設計したから、この光景は当然だが。
「これが龍の魔法……やはり危険だ!」
騎士の1人が、僕に剣を向ける。
僕は、騎士の方を見る。
敵意が見える、間違いなく戦うつもりだ。
……馬鹿なのか
僕は呆れる。
今、ここは僕の領域だ。
魔法の効果を知らないから無理は無いと言いたいけれど、少し考えたら分かる事だ。
どんな魔法か分かっていない上で、人の魔法の効果範囲で、発動者に剣を向けると言う事がどれだけ愚かか。
魔法を知る人間なら警戒すべき部分だろう。
僕のこの二つの魔法には、効果範囲内における禁忌が存在する。
今、彼は綺麗にその禁忌に触れてしまった。