第71話 交渉
僕は、目の前の男を警戒する。
見知らぬ人物で騎士のような風貌。
魔族の襲撃に乗じ、僕を討伐しに来た可能性はある。
魔族との戦いで、少なからず疲弊したタイミングでの奇襲と考えたら良い手と言える。
もっとも今の僕は、まだ充分に体力が有り余っているから、1人くらいなら相手取れる。
ただ戦うとして、明確な問題がある。
本当に殺す気で1人で来てるなら、相当の実力者だと言う事だ。
大和同様に情報を得ているはず、それでなお、1人で来れる実力者。
……若いから勇者かな。それとも彼女と同じ英雄か
見た目は、かなり若い。
僕より年下の大和と、同じ歳くらいに見える。
勇者は他にも居る可能性があることは、聞いているから大和以外の勇者が居てもおかしくない。
「人がこんなところに何用?」
「ここに龍が居るって聞いてそれの調査をしに来た。君がその龍で間違いない?」
「別人」
「別人? なら君は?」
「ただの登山家」
「こんな危険な山に魔族が出てる今1人で? 無いな」
嘘がわかり易過ぎた。
何も考えていなかったのが、仇となったか。
こんなことになるなら、何かしらの設定を考えておくべきだったか。
集落を追放された村人や、オオカミに育てられたとかそう言う。
「はぁ、本当に何用? 調査? 魔族が出てるこんなタイミングで……わざわざ今?」
魔族が現れているのはおそらく、この山だけじゃないだろう。
近くに国があれば、そこも魔族に襲われていてもおかしくない。
数の多い魔族相手は、1人でも人員が欲しいだろうと推測出来る。
大和の話からして、騎士は人手不足だ。
それに、この山だけだとしても集落がある。
そこの防衛ではなく、わざわざ徒歩4時間程度ある距離を登ってきたのは、調査程度の話ではないだろう。
「嘘では無い。一応本当に調査も兼ねてるよ」
「なら本題は?」
「まぁ討伐しろと言われている」
「ならなぜ止まった?」
彼は、話し始めてから止まった。
まだ距離はあり、槍の間合いじゃない。
もっとも、魔法や大和の聖剣のような攻撃があれば違うけれど、変に感じる。
「戦うとして今すぐじゃない。今日は顔を見に来ただけ……それより協力してくれないか」
「協力? 殺しにくるかもしれない相手と?」
協力とか言いながら、背後から襲われたら溜まった物じゃない。
初対面の人間、それも敵意ありと本人が言ってる以上、迂闊な信用もできない。
「そこは敵の敵は味方だよ。俺は今すぐにでも集落戻るつもりでさ。ただ嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
「厄介な気がする。もちろん、君にも得がある」
「得?」
「殺してこいと言ったのは俺の上司に当たる人間でね。彼らは龍を危険と認識しているから殺すように言う」
「その話は聞いてる」
大和の連れから龍が危険という認識なのは、既に聞いている。
実際、集落を襲った飛竜は危険な存在だ。
そういう認識になっても、おかしくない。
「その認識を覆せばいい」
「どうやって? 認識を変えるのは難しい」
「確かに難しい」
長年かけて固まった認識というのは、そう簡単に覆らないものだ。
覆るのなら先人たちが築いてきた宗教感や常識など、役には立たない物となる。
その覆す方法が、本当にあるのか怪しい。
コホン、と彼は一度咳をして答える。
「ただこれは簡単な事だ。この山にある集落の防衛を手伝ってくれればいい。君は先程までと同じように魔族を相手取るだけ」
「後ろから刺されるリスクがある」
「いや? こっちはそんな事しないさ。俺も防衛してるメンバーも」
「……自分だけでなく他の者のことまで、なぜそう簡単に言い切れる」
自分がしないというのは分かる。
自分の判断なのだから、容易くそうは言える。
しかし、他の者までもが攻撃しない、と言い切るのはおかしい。
「それは……」
彼の声を遮るように、何かの不気味な声が聞こえ周囲に木霊する。
身体の内から気持ち悪さが、ブクブクと溢れ出すような不気味で不快な声。
その声の方向は、南側からしている。
集落の方向からだ。
……飛竜の時と同じ……声デカイなぁ
「もう来たか! あとは君の判断だ」
「ちょっ、話はまだ」
「急がないと犠牲が出るんでね……手伝ってくれるなら教えよう」
そう言い残して、素早く地を蹴り集落の方向へ向かっていく。
彼の反応からして、感じていた嫌な予感が当たったのだろうか。
僕は置いていかれた、ポツンと1人佇む。