第69話 2人の勇者
今回の話は三人称で主人公以外の話です
「おっ、大和!」
騎士の声や鎧の音、木刀のぶつかり合う音などが響く騎士団本部。
その本部の通路を歩いていた大和は、背後から声を掛けられる。
足を止めて振り返る。
男性が、大和の方へ歩み寄ってきた。
「お前もこっち来てたのか。どうした?」
「次の配置の話でな、魔族の話は聞いたか? とんでもねぇ話だよな」
「あぁ、聞いたよ。確かにとんでもない話だな」
大和は頷く。
大和も、魔族の話は既に聞いていた。
これからその対魔族の戦闘の準備をする予定だった。
人間陣営にも、魔神の力が漏れ出したという話は伝わっている。
1人の商人が流した噂が元らしいが、裏を取り真実だと分かったとの事。
そのため、今大急ぎで騎士や魔法使いが、準備の為に走り回っている。
騎士団本部も、準備で動き回る騎士が多い。
大和に、声を掛けた男性は大和の友人。
最も出会って、2ヶ月程度の関係である。
大和の着ている鎧に似た鎧を身につけ、槍を手に持っている。
名前は獅童嶺二、聖槍に選ばれた者。
聖剣に選ばれた大和と同じで、転移させられた異世界人であり勇者。
「お前はどこ配属なんだ?」
「城壁防衛だが……お前は違うのか?」
「あぁ、俺はオリス山の麓付近にある集落の防衛だとよ。それも魔族が出てくるのがいつか分からねぇから数日間そっちだ」
「オリス山の集落……あそこか」
大和は山の名前と、その集落に覚えがあった。
悠真と再会する前と、後に寄った集落。
オリス山は、現在悠真が住んでいる山の名前だ。
大和達が呼ばれたオーリス王国の北に位置する、巨大な山。神狼族が支配する危険な山。
大和は、一つの疑問が浮かぶ。
あの集落は、前の飛竜襲撃の被害が酷かった。
今も復興が完全ではなく、騎士もたまに集落で復興作業を行っている。
死者も出ていて人手不足なのは、現場に行っていた大和も分かっている。
ただそれでも大和には、どうしても拭えない違和感があった。
……あの場所は、勇者を1人配置するほどの重要な拠点とは思えない
勇者は大和と嶺二の2人だけしかいない。
2人しか居ないのに、強力な力を持つ勇者の片方を小さい集落の防衛に配置することは、大和にとって疑問に感じる物だった。
「なんであそこに勇者を?」
「何かしら理由があるんだろうよ。防衛と言いながら邪龍討伐とかな」
「なっ! それはどう言う……」
大和は、驚きの声を上げた。
結構な大声で近くを歩いていた従者や騎士などが、何かあったのかと大和の方を見る。
嶺二は、大声にびっくりしながらも注意する。
「声がでけぇ。静かにしろ、俺も話は聞いてる」
「ならどうして……」
大和は、悠真の伝言をしっかりと伝えた。
その上で、彼が知り合いであることも伝えている。
その際、騎士団長や王様は思案した後に、騎士や魔法使いを討伐には向かわせず、危険がない限り現状維持を約束してくれた。
だから、大和からするとそんなわけが無いと言いたくなる話だ。
「別に有り得ねぇ話じゃないだろ。龍は危険って散々教えられてきただろ?」
こちらの世界に来てから、座学として色々なこの世界の話を2人は教わった。
その中には、この世界に存在する龍種は、極めて危険であるという話もあった。
強大で凶暴な存在、中には弱者をいたぶる事が好きな残忍な者も居ると。
だから、この国では龍は漏れなく邪龍として認定されていて、討伐対象とされている。
「それはそうだが、悠真兄はそんな人じゃない」
他の人に聞こえない程度の声で嶺二に伝える。
大和の知る悠真は、平気で人に害を成すような事はしない人間だ。
犯罪歴はなく、善人寄りの性格をしている。
「悪いがその龍が本当にその人物なのか、そもそもその人物が本当に善人なのかは、お前以外の誰にも判別がつかない」
嶺二は、悠真のことはほとんど知らない。
知り合いでもなかった嶺二は、大和から聞いた情報だけでしか判断が出来ないのだ。
彼について知っているのは大和だけで、本当に人を襲わない善人であるか分からないのだ。
「俺の言葉だけじゃ証明にはならないか」
「そう振舞ってただけって可能性もある、裏を隠すなんぞ人間にはよくある話だ」
「もし命じられたら殺すのか?」
「さぁな」
「さぁなって」
「それは状況次第だ。ダチの知り合いを殺したかねぇ」
嶺二は真剣な面持ちで、大和を見る。
大和を見るその目は覚悟の決まった者の目だ。
出会ってから、それほど時間が経っていない大和でも分かる。
次に何を言うかを
「だがもし害を成すなら殺す」
「悠真兄は絶対にしない」
「それなら良いけどな。お前はちゃんと防衛頑張れよ。俺たちは勇者だ、役目がある」
それだけ言って、嶺二は立ち去る。
1人残された大和は祈るように、強く手の跡が残る程に手を握る。
昔からの仲のいい知り合いである悠真と、短いながらも同じ立場として戦友となった嶺二。
そのどちらにも、死んで欲しくはない。
殺しあって欲しくない。
嶺二は止まらない。悠真は戦闘になれば、全力で迎え撃つだろう。
今の大和には、ただ祈るしかできない。
「……今は自分のやれる事をやろう。……アルドリスさん手伝います」
「おぉ、勇者様、助かります」
近くにいた知り合いの騎士に話しかけて、準備の手伝いを行う。
「さて、どんな奴なのか」
嶺二はふとオリス山のある方角を見る。
これから嶺二が、騎士を連れて向かう場所だ。
これから数時間後、2人目の勇者と龍となった者が出会うことになる。