第62話 伝言
「元英雄?」
「確かとんでもない怪物を討伐したとか……」
大和はチラッ、と左側に座っている少女の方に、視線を向ける。
詳しい話は、知らないようだ。
「1年ほど前まで存在していたある怪物を、単身で撃破した英雄です。彼女はその後、英雄と呼ばれていましたがしばらくした後、多くの悪評が広まり表舞台から姿を消しました」
大和の代わりに、説明してくれた。
1年前、僕はまだこちらに来ていない頃の話だ。
恐らく大和も、その時はいなかったのだろう。
こちらに来た時期は、多分そんな変わらない。
「道理で強いわけだ」
「そんなに強かった? 会ったことは無いんだよね」
「少なくとも技量だけならお前の数倍はあった」
「数倍……」
「あぁ、数倍だ」
勝てたのは、奇跡に近いかもしれない。
本人が鈍ったと言っていたのは言い訳ではなく、真実な可能性が出てきた。
怪物がどんな存在か分からない。けれど、倒した人物が英雄視されるのなら弱いとは思えない。
彼女の目的も、何となく分かった気がする。
悪評を払拭できる物を探していたのだろう。
邪龍殺しは、悪評を払拭できる程の称号になり得ると考えられる。
「ゆ、勇者様はこれからですから」
「技術はこれから身につければいいですよ」
「そうかなぁ」
「もうしばらくは鍛錬した方がいいな。僕よりも強い相手と戦ったら間違いなく死ぬ」
僕は、自分を最強だなんて思っていない。
世界には、今の僕よりも強い存在がゴロゴロ居ると考えられる。
それを考えたらチート装備を持ってるだけで、本体性能は高くない今の大和では生き残れない。
僕と同じように、鍛えた方が良い。
「そうだな。しばらくはまた鍛錬するか」
「あぁ、そうだ。彼女の悪評ってどんな物があったの? そんな悪人な子には見えなかったけど」
悪人という雰囲気はなかった。
自分のやる事に、真剣に真っ直ぐなタイプに見えた。
そんな子が英雄から転落するほどの悪評というのが、気になる。
英雄からとなれば相当、とんでもない話でもないとそうなるとは考えづらい。
「悪評の大半は噂程度の話です。本当に色々で悪酔いして酒場を破壊した。助けた村人から金をむしり取っていた、権力振りかざして暴れ回ったなどですね」
「王城暮しの時にメイドを虐げていたや、王子と婚約していたのに、何人もの男と浮気をしていたという話も聞いたことあります」
「地位を得た人間が変わるというのは、聞く話ではあるけど……」
妙に引っかかる。
そんな事をしている人間が、わざわざ払拭の為とはいえ、死のリスクを取って龍殺しをするとは思えない。
「まっ、僕が気にしてもか。さて、他に話すことは何かあったかな」
「悠真兄は普段ここに住んでるのか?」
「そうだよ。そこにある湖の付近を借りてる」
「借りてる?」
「この山は本来、別の生物のナワバリだから」
「神狼族ですね。神狼族は他種族と仲良いイメージはないのですが」
さすがに、知っているようだ。
大和はポカンとしているから、多分知らないか話を聞いてなかったな。
「別に仲が良いからではないよ。条件ありで住まわせてもらってるだけ、共存関係だよ」
「そ、そうでしたか。共存ですか」
「あぁ、そうだひとつ頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「帰った後、僕の命を狙わないように進言して欲しい。危害を加えてこないなら人を襲わないと約束する」
勇者なら立場が高い可能性がある。
異世界から呼び出す魔法は、おそらく大規模な魔法だと想定出来る。
それを考えたら勇者を、使い捨ての駒として扱うのは非効率極まっている。
そんな馬鹿は居ないだろう。
王様や騎士団長など位の高い人物に話が通せれば、僕の命を狙う者は減ってくれる。
それが狙い。
居なくなるまでは行かないだろうけど、頻度が落ちるだけでも助かる。
「分かった。伝えておこう」
「それは……難しいかもしれません」
「なぜ?」
「えぇっと……龍は危険という認識が一般的でして」
「認識を変えて欲しいとは言っていない」
龍が危険なのは、合っている。
実際、飛竜が集落を襲っていた。
僕1人が人を襲わないからと言って、その認識を変えるのは危険過ぎる。
「と言うと」
「あくまで僕個人を狙わないで欲しいだけ、あぁでもこの山の異変に協力する契約だから神狼族にも手を出さないで欲しいな」
……これはわがままかな。でも仕方がない
そういう条件で住まわせてもらっている身としては、人よりも神狼族に力を貸すしかない。
「それは……」
悩んでいる。
僕も、ここで答えが出るとは思っていない。
ただ、出来れば決定して欲しい。
だから、付け加える。
「これからも命を脅かされるのなら僕は君たちと戦う覚悟がある。そう伝えてくれないかな」
端的にこれは脅しだ。
「わ、わかりました。そう伝えておきます」
「話終わったな。そんじゃ俺たちはそろそろ帰るとしよう、真っ暗になる前に帰りたい。色々と落ち着いたらまた来る」
「そうか、気をつけてな。次は何か出せそうな物を準備しておこう」
「失礼しました」
3人は帰っていく。
3人に向かって、手を振り見えなくなった後、小屋の扉を閉める。