第53話 激戦の勝利
刀と剣がぶつかり合う音が、周囲に響く。
打ち合う度に、早く重くなっていく。
その音は時間にして、3分程度続いていた。
体感では、普段の数倍の時間にも感じるほどに、集中していた。
周囲の音は一切聞こえず、研ぎ澄まされた感覚が捉えるのは、目の前の少女の細かな身体の動き、呼吸、溢れる殺意のみ。
一瞬の隙が命取りになると思ってしまうほどに、早く激しく恐ろしい戦い。
僕も少女も全力、互いに全く引かない。
皮膚を肉を切られる痛みですら、加速していく戦いの速度に追いつかない。
思考する前に動く。
身に宿す獣の本能が、敵に牙を剥く。
刃をぶつけ合う。
ジリジリ、と押し合う。
両腕と足に力を込め、地面を強く踏みしめ押し込む。
……押し切れ!
僕は、さらに力を込めて刀を振り切った。
剣が大きく弾かれ、宙を舞う。
舞った剣は、少し離れた地面に突き刺さる。
今の少女は、武器を失った。
迷いなく追撃を行う。
振り切った刀の向きを変えて、振り切る。
彼女にはもう防御の術もないのか、この一撃は阻まれることはなかった。
彼女の防具は両断されて、胴体に斜めの大きな切り傷が刻まれた。
深い切り傷から大量の血を流し、少女は力無く仰向けに倒れる。
僕はすぐに剣が突き刺さった場所に向かい、引き抜いて剣を奪取する。
見た限り、少女は剣を1本しか持っていない。
これで、剣を使った戦闘はできない。
接近しつつ、武器を構える。
まだ油断はできない。
「鈍ったかなぁ」
少女は、空を見て呟く。
起き上がる様子は無く、何かをしようとする様子すらも無い。
少女が纏っていた膨大な魔力が消失していき、元の魔力量より少なくなる。
……魔力が消えた? いや、元に戻った?
おそらく、奥の手の効果が切れたのだろう。
どうやら、魔法か何かで一時的に魔力量を引き上げていたようだ。
だいぶ厄介な力だ。
「殺すなり食らうなり好きにして」
僕の方を見ずに言う。
死を覚悟している。
負けたのだから死ぬのは当たり前、それがこの世界の常識なのだろうか。
だとしたら、やっぱりどうしても、僕はこの世界は好きじゃない。
「殺す気はない。僕に人を殺す趣味はない」
「理解ができない。殺しに来た者に情けをかける意味なんて何もない」
「そんな物僕の勝手だろう。意味も価値も僕が決める」
甘いと、でも言われるのだろうか。
そんなことは知っている。
分かっている。
分かっているんだよ。そんな事は。
「少し傷を癒す」
残っていた木の札を使い、治療をする。
もっとも完全には、傷を治さない。
これでまた戦闘になったら、意味がない。
ただ、後でしっかり治療したら、傷が残らないであろう程度の傷まで回復させた。
女性の身体に大きな傷が残るのは忍びない。
「動けるだろう、さっさと立ち去れ」
少女はゆっくりと立ち上がり、何か言いたげにこちらを見る。
僕は質問などしないで、ジッと少女を見る。
「その子供のような甘さは身を滅ぼす」
それだけ言って、少女は川を下っていく。
遠くに行くまで、僕は動かない。
不意打ちの警戒はする。
充分離れたら小屋に戻る
……甘いだけで居る気はない
小屋の中に入ると、シクが立っていた。
僕は、椅子に深く座る。
身体が溶けているかのように、力無くダラァと椅子に寄りかかる。
疲れた。すごい疲れた。
今日は、もう休みたい。
「戦利品か」
「うん? あぁ、そうだね」
少女の持っていた剣。
戦闘になることを恐れて、返さなかった。
妖刀と打ち合い、刃こぼれ1つ起きていない彼女の剣。
もしかしたらこれも、妖刀のような特殊な剣なのかもしれない。
……武器が増えるなぁ。あぁ、そうだ刀の扱い慣れておこうかな
これからは、今回のように刀を使う戦闘があるかもしれない。
今回は、龍の身体能力でゴリ押し突破という強引なやり方で、何とか勝てたけれど、本来なら武器を扱う技量が必要。
しかし、それは一朝一夕では身につかない。
慣れるには、長い鍛錬が要る。
「これも妖刀みたいな凄い剣?」
「否、それはそこらにあるただの剣、特殊な力など宿っていない」
「本当?」
「あの力はあの娘の魔力依存」
「普通の剣でも妖刀と渡り合えるのか」
……いや、あの子がとんでもないのかな
商人やフィリスさんも、妖刀のような武器は特殊だと言っていた。
だから、普通の武器とは違うのは間違いない。
ならば、考えられるのは、少女の魔力がやばい代物である事だ。
「その器には大して力は宿っていない」
「あぁ、確かにそんなこと言ってたね。力を注いでもらうことは?」
「注いだとてその器では耐えられまい」
「強い力には相応の器じゃないとダメなんだ?」
「然り」
なら、仕方がない。
今の僕には、シクの力を注げるほどの相応の器を用意できない。
しばらくは、この刀で鍛錬になりそう。
……刀と剣ってどっちの方がいいんだろう。確か刀の方が扱いづらいって聞いた気がする
のんびり休憩しながら、剣か、刀か、どちらで鍛錬するかを考える。
できれば扱いやすい方が良い。
いつまた襲撃があるか分からない以上、慣れるのが早い方が良い。
今日は本来の予定を変えて、一日休みにした。