第50話 見逃し
……1人? また龍殺しの称号狙いかな。使い古された防具……修理費がないとか?
多分強くない、そう感じる。
フィリスさんのような強者と相対した感覚はなく、老人のような殺意もない。
魔力量は、偽っている可能性はある。
しかし、魔力量は相対した中では多い部類。
偽るにしては、多い気がする。
……あの量なら多分素の魔力だよね
見た目は若い少女であり、老人のように経験の多い感じでもない。
使い古された防具と鞘からは、歴戦の雰囲気を感じる。けれど、剣身は新品のような輝きを見せている。
鞘と剣が合っていない。
……あれは新品かな
「戦うなら容赦はしない」
警告を挟む。
少女は、何も言わずに剣を構えたまま、まっすぐ突っ込んでくる。
素直で分かりやすい動き。
速度も早くない。
これなら、簡単に迎撃できる。
待ち構えて剣を逸らして、一撃を入れる。
やることは、今までと変わらない。
振りかぶられた剣を観察する。
まっすぐ、綺麗に振り上げられている。
……剣の振りも早くない。よし、これなら
僕は振りの速さにだけ注目していた。
彼女の剣速は老人のように素早い振りではない、と安堵していた。
だから、見逃していた。
見えていたのに
目に映っていたのに
僕は、それを見逃していた。
振り下ろされる瞬間……ゾクリ、と悪寒が走った。
僕は、この感覚を知っている。
不味いと脳で理解した。
しかし、身体は動かない。
身体が動く速度では、あの刃からは逃れられない。
回避は『不可』
脳裏を過ぎる物は『死』
刃は振り切られた。
赤い液体が飛び散り、小雨のように地面を濡らす。
回避は出来なかった。
「ズレた? 鈍った?」
少女は、不思議そうに言葉を漏らす。
「ゴーレム!」
叫ぶ。
修復されたゴーレムが、少女に襲いかかる。
対象を跡形もなく潰す勢いで、連続で岩の拳を振るい続ける。
修復された2体のゴーレムも少女に向かう。
なりふり構わないかのように、ゴーレムの拳は振るわれいる。
後ろに飛び退き、札を発動させる。
……油断した。切られた
傷は魔法で癒えたけど、流れた血の跡は残っている。
左腕を深く切られた。
真っ二つは避けられたことが、不幸中の幸いだろう。
油断したままなら、確実に真っ二つだった。
死が過ぎったあの瞬間に、僕は2つの行動をしていた。
1つ目は、咄嗟に物体操作の力を使い、少女の足元の土を動かした。
そのおかげで、剣の勢いを僅かに弱め、剣の軌道を少し逸らすことに成功。
道具作りのために、目を物体操作の力の状態にしたままであったのがラッキーだった。
2つ目は、両手を前でクロスに組むことで剣の一撃を腕で受け切ったのだ。
防御の練習をしていたことが、まさかこんなすぐに役に立つとは思っていなかった。
練習しておいて本当によかった。
……調子に乗ってた
僕は、今まで苦戦せずに迎え撃てていた。
老人の時でさえシクの力によって深手を負ったけれど、老人相手は問題なく対処出来ていた。
だから、僕は心の中で自分は強いと調子に乗っていたのだろう。
警戒は、もちろんしていた。
魔力量は確認したし、他に仲間がいないか確認済み。
装備も見ていたし、少ないなりの戦闘経験で実力を測っていた。
しかし、その全てが、この少女の前では何の意味もなかったのだ。
……油断は命取り、分かってはいたのに
構える。
ちょうど、3体のゴーレムが切り刻まれた。
少女は剣を構える。
龍形態にはならない。
人型の方が動くのに慣れている。その上、まだあの一撃の正体が分かっていない。
人型の防御を容易く切り裂く一撃、龍形態でも貫かれる恐れはある。
攻撃を避けて打ち込む。
少女は、先程同様に突っ込んできて剣を振るう。
しっかりと動きを観察する。
動きは、やはり早くない。
しっかりと動きを見て避けて、素早く踏み込んで拳を振るう。
剣を振り切る前だったのにも関わらず、少女は反応し身体を反らして拳を避けた。
……今の反応出来る!?
避けた時の体勢のまま、腕の力で剣を引き戻し斬りかかってくる。
大きく飛び退いて避け、構え直す。
一進一退の攻防が繰り広げられる。
どちらも相手の攻撃を避けて、攻撃の隙に反撃を入れようと仕掛ける。
多分、これは先に攻撃を入れた方が勝つ。
ゴーレムに背後から攻撃をさせても避けられ、軽々と真っ二つにされてしまう。
数的有利はあるのに、一向に押し切れない。
一旦、大きく距離を取る。
「強いなぁ。別に僕を狙わなくても生活出来るくらい強いでしょ。わざわざ危険を犯す理由が分からない」
間違いなく今まで襲ってきた中で上位の実力。
冒険者が稼げる職かは知らない。けれど、それで生計を立てている人は居そうだ。
なら少女程の腕っ節があれば、充分に稼ぐことができるだろう。
わざわざリスク負って、龍なんて狙わなくてもいいくらいには。
「もう一度英雄になるために必要」
「英雄?」
「邪龍を倒せば前のように……」
独り言を呟くように零れた言葉は、最後まで言い切らず少女は剣を振るう。
彼女は、ただの龍殺しの称号目当ての輩とは何か違う気がする。
彼女は真剣だ。
必死だ。
何かを必死に求めている。
多分、それは僕を殺した先にある何かだ。
賞賛か名誉か地位か。
「殺されてやる気はない」
どちらも引かず、戦いは激化していく。