第48話 不可思議なこと
襲撃さえなければ、本当に平和な日常だ。
鍛錬だったり、魔法制作だったり、とやってることはスローライフには遠いけど悪くない。
シクが魔法の講座だけでなく、雑談の話し相手にもなってくれる。
それにフィリスさんが、たまに様子を見に来る際に雑談をしている。
「鍛錬しているそうだが急にどうした?」
「鍛錬? あぁ、身体が鈍ると不味いから」
「確かに、動かなければ鈍るな」
「強い相手が来たら今の状態で迎え撃てるか分からないから、少し鍛えてるのもあるけど」
「そうだな。強い奴は種族関わらず強い」
フィリスさんは、僕の鍛錬を見ても特に止めてこようとはしない。
普段からオオカミの監視があるから、怪しい行動は取ってないと判断しているのだろうか。
鍛錬くらいならば、特に問題とする程では無いという判断なのか。
どちらにしても有難い。
僕自体、力付けたとしても彼女たち神狼族と敵対する気はない。
そもそも、敵対する理由がない。
「そういえば襲撃があったようだがその様子だと問題はなかったようだな」
「問題なかった、結構楽に対処出来た」
「そうか……騎士は厄介だぞ。中には強者が居る上、単純に数が多い」
「うへぇ、強者とはやり合いたくないなぁ」
その後、雑談を少し交したあと、フィリスさんは帰っていく。
……やっぱ違和感あるなぁ
1つ妙な事がある。
それは、フィリスさんと話していて気づいた事だ。
監視をつけていて襲撃のことも当然のごとく、知っていたフィリスさんが一切話に出さない事があるのだ。
それは、シクのことだ。
雑談の話題にも出てこないし、一切触れない。
シクは何故かフィリスさんが来る時は、いつも姿を消しているからもし知っていたら、居ないことに不思議に思うはず。
なのに一切フィリスさんの口から、シクについて聞くような言葉は出てきていない。
シクの行動範囲が小屋の中だけなら、オオカミの監視が届かないのは分かる。
しかし、午前中にやっている鍛錬を、見に小屋の外に出てることもあるのだ。
外に出ているのなら、監視役に姿が見られていてもおかしくない。
見られていたら当然ながら、フィリスさんに報告されているはず。
だから、おかしいのだ。
……うーん、もしかしてシクって見えていない?
1つの考えに至る。
見えていないのなら、報告のしようがない。
考えついたからか、シクが僕だけに見える幻覚な気がしていた。
よくよく考えたら変な話なのだ。
妖刀から少女姿の何かが現れて、不治の原因を治したり、魔法について教えてくれたり、と都合が良い物ばかりだった。
対価だって僕も使える浴槽というこちらにとって損のないどころか得のある物。
幻覚である可能性が浮上した。
食べた果実の中に、何か変なものが混じっていたのかもしれない。
最も魔法なんて知らない僕の見える幻覚が、魔法の基本知ってるのかは謎ではあるけれど。
シクの姿を確認する。
今ちょうどは、湯船に浸かっている。
見た目は、少女に近い。
幻覚にしては別に見知った姿でもなければ、そこまで感情が揺さぶられるような見た目はしていない。
美少女であることは間違いないけれど。
強いて言うなら、纏う不気味な雰囲気が気味悪く感じるくらい。
普通にそういう事もあるのだろうとスルーしていたけれど、湯船の中に完全に首から下が浸かって髪も湯船の中に入ってる状態で彼女は1滴足りとも濡れない。
それもおかしい。
「うーん」
「新しい札でも制作した?」
浴槽から出たシクが背後から話しかけてきた。
音もなく、背後を取られるのは心臓に悪い。
何度もやられてるのに慣れない。
「それはまだ」
「なら何」
「定期的にくるフィリスさんがシクについて触れないのが気になって」
正直に言う。
別にこれを隠す理由はない。
気になり過ぎて、鍛錬や魔法制作に集中できないかもしれない。
「不可思議か?」
「僕を監視しているんだから僕と一緒にいるシクについて触れないのは変じゃないかな? 僕が何かを企むかもと思うなら特に」
「私に気づいていないだけ」
「オオカミの監視を潜り抜けてるの?」
「主以外の生命体は私を認識できない。私は本来認識可能な存在ではない」
「ほへぇ……」
理由を聞いたけど、よく分からない。
認識可能な存在ではないってなんだろうか。
そんな存在が、普通にいるこの世界怖い。
「僕に見えてる理由は?」
僕にだけ認識できるのもだいぶ謎。
「見せているから、彼らに見せる必要がない」
「なるほど、言われてみたら確かに」
納得した。
確かに認識させようとしているのなら、僕が見えるのは自然なこと。
そしてシク側からしたら、フィリスさんや監視のオオカミに認識される必要はない。
別に関わる理由はないだろうし。
シクは、謎が多い。
だから、もしかしたら力の中に相手の認識に干渉できるものを備えているのかもしれない。
能力は1人1つではない。
僕が複数の力を持つようにシクも複数の能力を持っているのだろう。
「不要な探りよりも魔法」
「それが今行き詰ってる……」
取り敢えず納得したから、魔法の制作に戻る。