第42話 風呂
「ひとまずこの辺でいいかな……作ったはいいけど出す物ないな……」
椅子と机以外にも石のコップを作った。
材料がないから石で作った、少々重いのがネック。
飲み物を提供する用、ただ今現在飲み物なんて何も持っていない。
茶葉でもあればいいけれど、そんな贅沢品を僕は持っていない。
商人が売っていた可能性はあるけれど、何せつい先程気づいたのだ。
手遅れである。
しばらく、滝から汲んだ水でも提供しよう。
一応濾過してから、提供しようかな。
直接飲んでいそうなフィリスさんはともかく、商人の男性は……半分は人間っぽいから危ないかもしれない。
……さて、今日は終わりにするかな
椅子に時間がかかった。
既に夜に近くなっている。
だから、他にやれる事があっても明日に回す。
時間は、沢山ある。
急ぎでやる必要がない。
商人との契約用の道具作りも、新しい物が思いついたら作る。
今回、渡した物の売れ行きで作る量も変わる。
あまり売れていないのに沢山作っても、在庫を抱えるだけ、逆に完売するレベルの売れ方をしていたら、今回渡した分では足りない。
「そうだ、僕も入ろう」
浴槽に水が溜まっている。
冷え切っているから炎を出して温め直す。
せっかく作ったのだから、自分も入りたい。
久しぶりの風呂、こっちに来てからは、ずっと冷たい湖を風呂の代わりにしていた。
久しぶりで、ワクワクする。
……よし、十分かな
十分に温まったと判断して、服型にしていた無貌を腕輪型に切り替える。
これなら服ごと入れるけど、風呂は裸じゃないと。
風呂に仕切りはないけど、誰もいないから問題ない。
少女は居るけど、今どこにいるか分からない。
仕切りがない分、少し開放感がある。
湯船に浸かる。
「ふぅ……気持ちいい」
温かいお湯に浸かることで、身体がポカポカと温まっていく。
久しぶりの感覚、気持ちが良い。
ここに居る事ができるから、これからは毎日入ろう。
少女も、浸かりたいだろうし。
浴槽の縁に頭を置く。
あちらの世界でいつも、やっていた癖だ。
ゆっくりと、目を閉じる。
「……驚いた。未練なんてない物だと思っていたんだけどなぁ」
景色を思い出す。
いつも通りの日常、時々退屈を感じるほど、平和で特別な事なんて起きなかった日々。
この行動もその一部だった。
そんな日々を良い物ではあるのだろうとは、思っていたし、危険の少ない平凡な人生を、悪い物とは思ってなかった。
それなりに、エンジョイしていたと思う。
でも、別に離れたとしても未練なんてない物だと思っていた。
身体を抱きしめるように縮まる。
最低限の生活ができるようになった。
ようやく気持ち的に一段落がついたのだろう。
だから、考えてしまった。
脳裏に過ぎってしまった。
二度とあちらには戻れないという事に、僕は気づいてしまった。
「……帰りたい」
ボソッ、と僕の口から漏れる。
この世界は怖い、人々に命を狙われる。
それどころか、同族に近い飛竜とも戦いになった。
この世界は命の危険が近くにある。
死が隣にある場所だ。
どこでも戦場になりうる世界。
命懸けの戦いなんて創作物の中でしか知らなかったし、知りたくなかった。
戦いなんて苦手で嫌いだ。
でも、相手が来るからやるしかない。
やらないと殺される。
この身体が強いから助かった。
もしそうでなければ僕は確実に殺されていた。
これまでに、何度殺されそうになったのだろうか。
これからも命懸けの戦いをしないとならない。
僕は平穏に暮らしたいだけなのに。
あっちの平和な世界に帰りたい。
少なくとも自分の周りでは、争いが起きていなかったあの世界に。
「……あぁ、そうか、違うな」
僕は、未練があるんじゃない。
影が濃くなれば陽の光を強く感じるように。
酷いこの世界と比べて、かつての思い出が眩しく見えるんだ。
「……そろそろ出よう。のぼせそうだ」
湯船から出てタオルで、隅々まで身体を拭く。
タオルの使い心地は悪くない。
買って正解だった。
無貌を服の形に変化させる。
帰りたいけれど、帰れない。
嫌だけど、こちらで生きるしかない。
だから、僕は腹を括る。
「強くなろう」
今よりも、さらに強くなる。
戦いを避けるために、殺されないように。
龍の強さだけでは足りない。
強いけれど、無敵ではない。
もっと多くの力を手に入れる。
今のままでは、同格以上の相手に殺される。
だから、強くなる必要がある。
「明日……明日から強くなるために動こう」
商人から手に入れた寝具を使って眠りにつく。