第40話 謎の交渉
「それでは他の商談がありますので失礼します」
「良い商品をありがとう」
「いえいえ、こちらこそ良い物を頂きました。それに新しいお客様も増えましたのは大きいので」
商売相手が増える分、取引の量が増える。
商人からして、新しい客は良い事なのだろう。
こちらからしても、色々な道具を売っている商人とはこれからも取引を続けたい。
ただ問題がある。
「あぁ、次来る時は僕ここに居ないかな」
次来るのは、2ヶ月後くらいだと聞いている。
その時には、僕は既に目の傷が癒えてこの山から離れているはず。
他の場所で取引できるなら良いけど、行先も決めていない以上、それは難しい。
「おや、そうでしたか。それは残念ですね。確かに神狼族のナワバリに龍がいるのはバランスが崩れてしまうでしょうし仕方がありません」
……バランス? あぁ、パワーバランスか
神狼族と蛇龍、この世界の生物界では恐らく、上位に位置する種族。
基準になるか分からないけれど、蛇龍の力は人を軽々と殺し得る、間違いなく種として強い。
神狼族の戦闘力は分からないけれど、蛇龍相手にタイマンでやり合おうとしたり、この山をナワバリとしているくらいには力のある種族。
その2種類が同じ場所に居るのは、あんまり宜しくないという話。
それなら、追い出される理由としても頷ける。
女性が人程度であれば放置してても良いが、蛇龍となると話が違うみたいな事も言っていた。
盛ってる気はするけど。
「難しいことは分からないや、僕は平穏に暮らせればいいだけなんだけどねぇ」
「おや、平穏にですか」
「うん、僕は争い事は苦手でね。仕方なくやる場合以外は基本的に関わりたくない」
元々争いなんて無縁の場所で暮らしていた身だ、命がけの戦いとか真っ平御免。
そういう話は、ゲームか、妄想の中だけで良い。
ただ、のんびりと暮らしたい。
「長寿な龍には、そういう考えの者が居るとは聞いてましたが……山を出たらどちらに行かれるご予定で?」
「何も考えてない」
地理もわかっていないから、目的地なんて物はない。
とりあえず、人里離れたひっそり暮らせそうなところを探す予定。
「ふむ、なるほど……フィリス様」
「なんだ?」
「少しお話が」
フィリスと呼ばれたオオカミの女性と、商人が小屋の外に行き何かを話し始める。
何を話しているか、聞きたいけど、席を外したという事は僕に聞かれたくないことなのだろう。
聞きたい欲を、グッと抑えて待機する。
「あの男」
「うわっ!?」
突然、背後から声がした。
商人が来てから、姿を消していた少女がヌッ、と現れたのだ。
音も気配もなく突然現れた、ホラー映画のびっくりシーンさながらの登場。
監督なら真っ先にスカウトする人材。
「ど、どうしたの?」
「奴は何者」
「何者? 商人だよ。物を売買する人」
「種族の方」
「人間じゃないかな?」
フィリスさんが言い直したけれど、一応人間と言おうとしていた。
だから種族的に言えば、人間族なのだろう。
見た目も人そっくり。
見た目は、完璧に近い擬態の可能性があるけど。
「混じっておる」
「混じってる?」
「注意しておけ」
「それはどう言う……もう居ない」
振り返ったけど、姿が消えていた。
言いたいことだけ言って帰って行った。
自由人め。
……注意しておけか。一応注意はしてるけどな
ここのところ、出会った人間全員に命を狙われているので、見た目人間の時点で何かあった時に対応できるようにはしていた。
ただ今現在、初めて出会った友好的な人間。
正直、疑いたくない。
商人としても優秀な人だから、このまま平和に取引を続けたい。
10分程度、待っていると2人が帰ってくる。
「話が終わりました」
「何の話?」
「貴方様がここに居座る許可を得ました」
「え?」
……どういうこと?
ありがたいけど、目的が分からない。
許可を得たという事は、商人が何かしらの交渉でもしたのだろう。
そうだとして、何故わざわざ彼がその交渉をしたのか理由がわからない。
「勿論、貴方様にもいくつかの約束をして貰います」
「どんな約束?」
「まず神狼族との条件を言います。この山の中で自衛以外の争いを起こさないこと、神狼族に手出しをしないこと、異変が起きた場合は協力をすることです」
「構わないよ」
こちらにデメリットのない条件。
自衛以外で戦う気はないし、神狼族に手出しなんて考えてない。
それに居座るのだから、何か起きた時には手を貸すのは自然。
「そしてもう1つ、私との契約です」
「契約?」
「えぇ、私がこの山に来た際に貴方様が作った道具を売って欲しいのです。もちろん、通貨や代わりの道具を用意します」
「別に良いけど……ノルマは?」
材料さえあれば、物体操作で難なく作れる。
材料も岩をかき集めれば良い。
作った物をお金に変えたり、道具と交換できる、とか悪くないどころかこちらとしては相当助かる話だ。
現状、僕は金を得る手段がない。
「ありません。時間や材料と相談して自分のペースで作れる量をお願いします。新しい道具を作った場合は来た時に教えて貰えれば確認して判断します」
「……条件は本当にそれだけ?」
こちらにとって、不利になる物が1つもない。
正直、メリットばかりで怪し過ぎる。
「それだけだ。不満があればこの交渉は無しだ」
「不満はない。乗るよ」
実際不満は無い、寧ろ好条件だから本当にこの条件で良いのなら歓迎。
「ではこの場で交渉成立です。さて、私はそろそろ本格的に急がないと商談に遅れてしまうので」
商品を素早くバックの中に詰め込んで、商人は早足で出ていく。