第3話 戦略的撤退
ガキッン、と大きな音が周囲に響き渡る。
「なっ」
「硬ぇ……なんだこれは」
斧は腕に、剣は頭に命中する。
しかし、刃は肉体に食い込まず止まった。
僕にはわかっていた。この肉体にあの程度の武器は通じない、と
どうやらこの肉体は、人の身体とは比べ物にならない強度を誇るらしい
今の音、肉体で鳴っていい音なのか疑問に感じる。
「クソ、化け物が!」
「エンチャントしてくれ!」
「わ、分かりました」
「本気でやるぞ」
「あぁ、フルブースト!」
突然前衛2人の雰囲気が変わった。
特に大男の方は、一回り大きくなったと錯覚するほどの圧を感じる。
エンチャントと言っていた。
ならば、おそらくは強化付与系の魔法。
そうなると、早く何かしらの手を取らないと危険かもしれない。
ツタを引きちぎって目に触れる。
「拘束が破られた! 何する気だ」
「構えろ、来るぞ」
……使うなら炎以外の力
炎では彼らを殺してしまう
炎での牽制も考えた。けれど、炎が当たれば火傷してしまう。
火傷は治りにくい。
複数ある能力から、今ここで使う最適な物を思考して選び出す。
……ここは……これかな。ここは逃げるが勝ち
切り替えて力を使用する。
炎と違い、何かが手元に現れるという訳ではない。
見た目の変化が生じない力。
彼らの動きを確認して逃げる隙を窺う。
普通に逃げても恐らく追いかけられる。速度は僕の方が上ではあるけれど、捜索されると厄介。
だから隙を見て、全速力で見えなくなるほどに、置き去りにする。
……うーん、いや、最悪少し痛い目あってもらおうかな。これは仕方がない
戦闘になっている今、対人とはいえ少しは覚悟を決めないとならない。
ただ殺さないように気をつける。
「動きがない?」
「油断はするな。また頼むぞ」
「任せて、バインド!」
ツタが僕めがけて伸びて、ふたたび僕の身体を拘束をしてきた。
あえて、捕まって攻撃を誘う
2人が武器を構えて、突っ込んでくる。
動きを見て、タイミングを計る。
大男の斧による攻撃が当たる直前、鎧めがけてすばやく拳を振るう。
とりあえず、このくらいかなと加減をした一撃。
腕に絡みついていたツタをちぎる。
斧が僕の身体に当たる前に僕の拳は、大男の着ている鎧に接触した。
拳は振り切られ、轟音を鳴らして鎧ごとあの巨体を吹き飛ばす。
……あっ……
大男が吹き飛ぶレベルの強撃
間違いなく、加減を失敗したことが分かる。
意図的に鎧を狙ったけれど、今の一撃ではその効果があったのか不安になる。
今のは人に振るっていい攻撃じゃない、相手が生身なら間違いなく殺している。
……ま、魔法で何とかなるはず! と、とりあえず次、加減をして
後方にいる女性が魔法で何とかしてくれると考えて、続けて剣を持っている男性を狙う。
既に寸前と言える距離まで剣が迫っていた。
今度は、さらに力を抜いて軽く拳を振るう。
メキッと鎧が音を立てる
男性も吹き飛ぶが、大男の時よりは吹き飛ばない。
それに殴った時の音も違う、今回はちゃんと加減ができたようだ。
心の中でガッツポーズを取る。
その後、ハッとする。
……違う、今がチャンス、即逃げ
男性2人が吹き飛ばされたことで、女性2人の意識が彼らに向いていることを確認すると、僕は動き出した。
地面を力強く蹴って走る。
方向はとりあえず僕が背中を向けていた方向、適当に木々の隙間を縫い、視界から外れることを意識して逃げていく。
2人を倒したからすぐには追いかけてこれないと踏んでいるけど、チラッと後ろを一瞥する。
彼らの姿は見えない。
ならちょうどいい。このまま一気にこの場から離れて距離を開く。
……どこまで行こう……とりあえずもっと離れる
行く場所はない。
だからとりあえず離れる。
走っていると道中でオオカミに遭遇した。
こちらに気づいたオオカミが、威嚇の声をあげようとしているのが見えた。
しかし、威嚇の声を上げるよりも先に僕は飛び上がり顔面に蹴りを叩き込んだ。
今、オオカミに構っている暇はない。
一撃だけ喰らわせて終いだ。
着地してまた走る。
それから少し走ってから止まった。
この身体は足が早い。
特に今使っているのは身体能力の強化。
そのことを加味すると、僕は結構な速度で走っていたと思われる。
後ろを見るけど、彼らの姿は見えない。
「逃げきれたかな?」
しばらく待っても彼らが来る様子はない。
僕は逃げきれたと判断した。
疲れてはいないけど、適当な岩に腰掛けてから、休憩を挟む。