第28話 戦利品
人型に戻す。
ひんやりとした風が優しく全身の肌を撫でる。
激しく動いた後なので、涼しくちょうどいい。
左目は変わっておらず、今もひび割れているような視界で痛みもある。
……すごい痛い
最初に比べたら痛みは引いているが、それでもズキズキ、とかなりの痛みを訴えている。
かなり辛い、痛み止めが欲しい。
「……その男は殺すか?」
戦闘に参加していなかったオオカミの女性が、木の裏から現れる。
女性は僕の全身を軽く見る。そして、少し悩んでから老人を指さす。
老人は意識を失っている、殺すなら確かに今が絶好のチャンスだろう。
「いや、殺さない」
「ここで殺さねばいずれまた殺しにくるぞ」
「……そうだよね」
分かっている。
そうなるだろうとは、予想はつく。
僕を完全に殺しに来ている戦闘狂が1度負けただけで、潔く身を引くなんて思えない。
今回以上の万全な状態を作ってから殺しにくる。
危険な芽を取り除くために殺すのは、状況的にありというか、最善な気もする。
かと言って、僕は人を殺したくない。
「殺しを躊躇する理由が分からないがそれならば手足の1、2本切り落とせばいい」
戦えないように腕や足を切り落とす。確かに、そうすれば追ってきたとして、老人は弱体化は免れない。
戦えなくなれば、追ってはこない……いや、義手とか引っつけて殺しに来そう。
この老人は、やるタイプだと思う。
どうするか、と考えるけど、左目の痛みで思考が遮られてしまう。
……無力化でなくとも迎え撃つのが楽になればいい
弱体化をさせられれば、殺しにこられても今回より楽に対応ができる。
となると、四肢を切るなどよりも簡単で、厄介な物が使えなくなればいい。
「あっ、刀」
この老人が持つ厄介な物、それは刀。
この老人は、刀を使った攻撃が厄介なのだ。
刀を使った戦いをする人物から、刀を奪えば戦力は大幅に下がる。
もっとも刀なら新しいものを、用意すればいいだけではあるけれど。
老人の手から刀を奪い取り、鞘に収める。
全体的に黒と紫が入り交じった不気味な色をした刀、雰囲気も不気味で気味が悪い。
妖刀というのは、こういうものなのだろうか。
「妖刀って知ってる?」
オオカミの女性に聞くと、少し考えた後、口を開く。
「人間が使う武器の呼び名の1つだな。魔剣、妖刀、聖杖、魔弓、どれも厄介な力を持っていると聞く、その武器も妖刀か。なるほどその目の傷は妖刀の力か」
僕の左目の傷と、刀を交互に見て納得している。
傍から見れば老人は何もしていないのに、突然左目に傷ができたように見えただろう。
僕自身も突然の事で戸惑っていた。
「他にもあるか。妖刀は珍しい?」
「珍しいな。魔剣であれば1度見たことはあるが妖刀は見覚えはない。普通の人間なら手にできない代物だ」
「それならこれを貰おう」
妖刀が珍しいのなら、これさえ奪ってしまえば老人が、次の妖刀を用意するのは難しいか時間がかかると考えられる。
その上、この妖刀の魔眼殺しなる力がなければ、物体操作で刀を操ることが可能。
「用が済んだのなら早く移動をするぞ。戦いが終わったことに気がついた人間どもがここに来る」
女性はそう言って先を歩く。
この状態で、連戦は勘弁願いたい。
ある程度なら勝てるだろうけれど、合流するメンバーに老人クラスの実力者が居ないとは限らない。そうなったら負けは濃厚。
女性の後ろをついていく。
草や木の枝が、肌に触れて撫でくすぐったい。
……うん? あれ、なんか胸やおしりにも感覚ある……なんでかな?
少し疑問を抱いたが、目の痛みで上手く思考ができない。まぁ、そこまで気にすることでもないからと考えるのを辞める。
そういえば、今は山の外に向かう最中だった。
後ろで待機させていたゴーレムを引き連れる。
しばらく歩き、僕は違和感に気づく。
……あれ、こっちの方向って
何も考えずに、女性について行っていたから気づくのに遅れた。
こちらの方角は、向かっていた方角とは違う。
少し先に、崖の一部が見える。
「登れるな」
「登れるけどこっちは来た道」
「この山からそう遠くない位置に人間の国がある。その状態で山から出れば危険だろう。傷が癒えるまであの湖を使え」
近くに人間の国があるのなら、この状態で外に出るのは確かに危険。
今までの流れからして、人と遭遇したら戦いになることは容易に想像できる。
実力で老人クラスの人間も多くはないとは思うけど、居るだろう。居なくとも、人間の軍隊と真正面から戦うことになったら、無事で済まない。
万全ならともかく、今は左目が使えない。
視界の半分が、まともに使えない。
右目があるから能力自体は使える。同時使用は出来ないけど、元々僕がそこまで器用じゃないからそれは特に気にすることでもない。
視界の半分が、まともに使えないのが致命的。
「良いの?」
「傷が癒えるまでだ。ナワバリで下手な真似をするようなら追い出すが」
睨みつけてくる。
冷たい視線が痛い、怖い。
傷が癒えるまででも、こちらからすると有難い。
「迷惑にならないように大人しくする」
女性の案内の元、湖に戻った。
その後、すぐに女性はオオカミの姿に戻って、森の中へと立ち去った。
僕はゴーレムに持たせていた荷物を小屋の中に移動した後、小屋の中で寝転がる。