第127話取引
「降参?」
「あぁ、降参だよ」
手品師はポケットや服の中から、カードを取り出して地面に落とす。
パラパラとカードが無造作に足元へ散らばる。
服の中に、20枚くらい仕込んであった。
服の中のどこに仕込んでたのか検討もつかない。
「それと解」
3枚のカードを少し離れたところに投げて、3体のゴーレムを取り出す。
ゴーレムは、その場に待機する。
「これで戦意がないことを証明出来たかな?」
僕は少し距離を取って構えを解く。
しかし、こっそりゴーレムに警戒させる。
降参と言っても、確定ではない。
地龍の王のように追い詰めたわけじゃない。
「依頼は破棄?」
「そこは取引をしないか?」
「取引?」
「そう、こちらが依頼を破棄する条件をそちらが提示出来たら、依頼の方はどうにかする」
「ボコす方が早い」
冷気の魔法がない今なら戦況は逆転する。
それなら取引に応じる必要が無い。
スッと構える。
「そう甘くはない。一応切り札があってね。それを使えば道連れは出来る」
「なら何故それを使わない」
「残念ながら、これは私も制御が出来ない代物で自分の無事も保証出来ない」
地面に落ちているカードの1枚を指差す。
僕はその指の動きをなぞってカードを見る。
そのカードに仕舞っている魔法か何かがその切り札なのだろう。
そのカードは、周囲に散らばったカードと見た目は何一つ変わらない。
正直、ハッタリだとは思っている。
ただハッタリである証拠がない。もしも、嘘でなかった時が1番不味い。
どうすればいいか、と悩み心音が早くなる。取引なんて選択のミスが命取りになる
それなら持っていないよりも持っている事を想定した方がいい。
別に取引は悪くない。
正直、彼女は強い。
カードを持っていたことから、まだ他にも手を隠しているのは確定だろう。
戦い続けて勝てるかは手札次第。
構えを解く。
「依頼を破棄する条件とは? 具体的には?」
「報酬金を超える硬貨、もしくは依頼を破棄する程のメリットの提示」
「ちなみに幾ら?」
「10黄塊」
「遺物の3分の1――持ってない」
硬貨はあまり持ち合わせがない。
報酬金を超える硬貨は無理だ。その金額となると、短期間で集められそうにもない。
商人も来るのは1ヶ月以上先だったはずだし、金を得る手がない。
なら、もう1つの方、メリットの提示。
こちらは物によっては可能だ。
……うーん、例えばカードに僕の能力や魔法をしまうとか? それならメリットになるはず、僕の能力は基準はないけど弱くはない
僕の炎を何回か提供する。
こうすれば彼女は複数回、炎を出せる。
カードに仕舞われた炎は、威力に変化が無かった。
並の敵なら一撃必殺にもなる強力な武器だ。
「僕の魔法や能力をカードに定期的に補充出来ると言うのは? 単純な戦力増強に使える」
「それは魅力的な提案だけど……持てるカードには上限があるから微妙」
「ならゴーレムを1体貸し出す。カードに仕舞わなくても使える。鉱石素材で硬く再生持ち」
「護衛兼荷物持ちには使えそうだけど、私は手品師、威圧感のある荷物持ちは要らないかな」
「なら、何が欲しいの? 正直渡せるものなんてそのくらいだけど」
もう思いつかない。
手品師が何を求めてるのか、分からない。
「君自身は? 護衛としても文句無し。手品師の補助役としても優秀そう」
「白龍なんてゴーレムよりも向かないでしょ」
見た目的な威圧感は無くても、龍だ。
不本意だけど、邪龍とも言われてる。
ゴーレムの方が確実にマシだ。
「何か欲しいものがあるから取引を持ち出したんじゃないのか?」
「依頼の破棄は信用に関わる。だから、長期に使える物、そうだね。収納系の魔法とか」
「持ってるよね」
「このカードは、カードを仕舞えない。それに1枚につき1つまで」
まぁ、カードを仕舞えるのなら、わざわざ服の中に隠す必要はないだろう。
カードは無理で1枚につき1つ、これでも便利には変わりないけど、心許ない気もする。
収納系の魔法なんて僕は持ち合わせていない。
……でも魔法か。魔法ならワンチャン作れる。亜空間魔法を作るか? いや、魔力の消費が多いから割に合わない、物に陣を張って遺物モドキを作るとか試すのはあり
今すぐには答えは出ない。
魔法だとしたら、作るのに時間がかかる。
あと、今は害虫対策の魔法を作ろうとしてる。
後回しにしたら、また虫食いが起きる。
「収納系の魔法を作る。ただ時間がかかるし少し後回しになる」
「この取引よりも重要なことが?」
「ある。僕の育ててる植物が虫食いでダメになってね。その虫対策をしたいんだよ」
説明をする。
もっとも完全にこちらの事情で、相手からすると受け入れる理由は無い。
説明はしても無駄だろうと諦めつつ、少しの希望を持って言う。
「菜園の為の虫対策?」
手品師は驚いたように目をパチクリさせる。
まぁ、不思議な話だろう。
彼女は鼻先に人差し指を軽く触れさせ、考えるポーズを取る。
「それは魔法でないとダメかい?」
「いや、魔法以外に何かあればそれでもいい」
魔法に拘ってるのではなく、魔法以外の対策手段が分からない。
魔法以外に便利なものがあるならそっちの方が手間が掛からなくていい。
「それなら、心当たりがある」
「本当に?」
「先に言うと確実では無い。人頼りだからね」
「人頼り? いや、僕って立場上、大半の人と関わるの無理なんだけど」
「それは大丈夫。薬草師の彼女ならおそらく育てるノウハウを持ってるはずだし、君相手でも問題なく接してくれるよ」
「あぁ、薬草師」
カミラの事だろう。
確かに、話が出来そうな人物だ。
「明日、彼女を訪ねてみよう。彼女は集落から離れないと思う……多分」
「この山に薬草が生えてたら、薬草探しに行きそう」
「……明日、早朝に行こうか」
「賛成。今日は泊まると良いよ」
小屋の中に案内しようとする。
寝具も貸す予定だ。
男ならともかく、女性に小屋の床に転がっとけとは言えない。
「おや、良いのかい?」
これまた少し驚いたような反応を見せる。
「小屋の中で暴れたら、僕より怖いのが敵になる可能性あるからオススメはしない」
「君も切り札を持ってるのか」
「切り札ではないかなぁ」
「もちろん、大人しくするよ。人の家に上がってまで迷惑は掛けない」
「なら良い」
寝具を押し付け、壁に背を任せ眠りにつく。