第117話 詫び鉱石
これで終了。
殺さずに済んで安堵する。
僕の勝ちだ。思ったよりもあっさりと行った。
その事が驚きではある。
万全の準備をしてきたが、そのほとんどを使うまでもなかった。
まぁ、シクの作戦が上手く刺さったと考えたらおかしくもない。
……別に驚くほどでもないか。妥当か
地龍の王は、老化によって弱体化していた。
あの程度の攻撃は、容易に捌けた。
僕の準備は、万全な地龍の王相手に勝ち筋を作るものだった。
つまり、弱体化していればその分、戦力差は大幅に縮まるのだ。
破れた服を元に戻す。
わざととは言え、攻撃を食らっていたから服の一部が破けている。
「これほどの力を……どうやって」
体調が戻ってきたのか、地龍の王は呼吸を整えてから聞いてくる。
剣が突き刺さっているから、間違いなく安静にした方がいい。
……剣は抜こうかな
「いや、普通に鍛えただけだよ」
「鍛えたじゃと?」
地龍の王は、僕の言葉に目を見開く。
そこまでに鍛えるという言葉が、不思議なことなのだろうか。
強くなるためなら、鍛えるのが普通だと思っているのだけど。
「そんなに驚くこと?」
「龍で鍛える者はそう多くない。相当の変わり者くらいなものじゃ」
「ふーん、そうなんだ。まぁ分からなくもない」
龍種は、種族として強い。
生まれながらにして魔力、能力、身体能力に恵まれている種族。
鍛えなくても、大抵の奴では勝てない。
最初から強いなら、鍛えると言う思考が出てこないのも自然だろう。
強くなる明確な理由がない。
「……あれ、地龍は鍛えないの? あの2人なんかは強そうだったけど」
「大抵、生まれながらの力じゃ。わざわざ鍛えずとも育てば力は付く」
「なるほどね。でもその変わり者はここにもう1人居るようだけど」
地龍の王を見る。
生き抜く為に、力を、技を磨いた者。
その点では、僕と同類だ。
「そうせねば生き残れなかっただけじゃよ。今では全盛期の半分も出せんがな」
……うへぇ、全盛期じゃなくて良かったぁ
半分も、となると単純計算でも倍以上の力を持っていた事になる。
流石にそうなると勝てるか、分からない。
いや、敗色濃厚だろう。
「それで戦争は、どうやって止める?」
「問題は無い」
地龍の王は、何かの声を発する。
ただ、その声を僕は聞き取れない。
……地龍にだけ聞こえる音波?
何を言っているか、分からないのが気になる。
本当に戦争を止める為の物か判別が付かない。
「これで向かった者は戻ってくるはずじゃ。あの2人に何か罰を望むか?」
「いや、彼らは仕事をしただけ、逆に何もしないでやって欲しい」
彼らのセリフに、苛立ちはあった。
しかし、それはわざわざ罰を与えて欲しいと思うほどでは無い。
「少しだけ治療してあげる」
剣を引き抜き、治療の札で傷を癒す。
完全にではなく、死なない程度までにする。
「有難いのぉ」
「さて、終わった事だし帰ろうかな」
「儂らはもう手を出さぬと約束しよう」
「分かった」
「何か欲しい物はあるかのぉ? 騒がせた詫びじゃ、用意出来る物ならば用意しよう」
「それならお言葉に甘えて……」
欲しい物を思い浮かべる。
今欲しい物と言ったら、料理器具だろうか。
育ててる植物も良い感じに育っていそうだから、簡単な料理がしたい。
後は、ガラスなどの便利道具。
ただ、地龍が持っていそうにない。
「そうだなぁ、頑丈で熱に強く長持ちする鉱石とかあったりしない? 後は刃物に向くような鉱石もあれば」
ナイフはあるけど、包丁を別で欲しい。
「ふむ、鉱石ならば、山ほどある。鉱石の指定は無いのかのぉ?」
「残念ながら僕は物が分からないから、該当する物ならなんでもいいよ」
「であれば」
地龍の王は、土を動かす。
そして、幾つかの鉱石を運んでくる。
白銀の鉱石、青色の鉱石、赤っぽい鉱石などが運ばれてくる。
「あっ、これ青淵石だ」
前に切れ味が物凄いナイフを作った鉱石だ。
綺麗な青色でよく覚えている。
「おや、知っておったか。その鉱石ならば良い刃物に向くじゃろ?」
「……切れ味良すぎて」
「剣に使うのでは無いのかのぉ?」
「別の用途で使う。剣はこれで十分、切れ味は欲しいけどそこまではかなぁ」
「であれば、この赤い鉱石は良いぞ。切れ味は落ちるがそれでも良い。そちらの白銀は熱に強く頑丈じゃ」
「そうだなぁ、なら赤いのと白銀貰う。白銀の方は結構な量が欲しい」
「持って行くが良い」
白銀の鉱石が大量に部屋の中に入ってくる。
そこまでは要らない。
というか、その量は持って帰れない。
持てるだけ、5体のゴーレムに抱えさせる。
無貌の形を変えて、大きいバックも作って僕も幾つか抱える。
「それじゃ」
「荷物持ちを用意しよう」
「いいの?」
「詫びじゃ、気にするでない」
通路の方から2体の地龍が現れる。
現れた地龍が、指示を受けて鉱石を抱える。
残った分の2割ほどを、運んでくれるようだ。
そこまでしてくれるとは、優しい。
「ならお言葉に甘えて」
「知っているじゃろうが、龍嫌いの人間の国がある。気をつけるんじゃぞ」
「気をつける〜」
そう言って、洞窟の外に出る。
何故だろう。ついさっきまで殺し合ってたのに、良い感じのやり取りが出来た。
もう敵では無いから、気にすることでも無い。
そして、置いていた荷物を抱えて森を歩く。
雨はもう止んでいた。
「シクも持って欲しいかな」
「仕方があるまい。荷物を寄越せ」
シクは荷物を、軽々と持ち上げて歩き出す。
見た目は可愛らしい少女なのに、相変わらずとんでもない馬鹿力だ。
5体のゴーレムと2体の地龍を連れて、小屋のある山へ戻っていく。