偶然のタイムマシンに乗って
時間を自由に移動できるタイムマシン。
それは夢のマシンとされ、実現するのは難しいものともされる。
ところがそのタイムマシンが、偶然に作られてしまったらどうだろう。
これは、偶然にタイムマシンを作ってしまった、幼い男の子の話。
その男の子は、どこにでもいる普通の男の子だった。
真新しいランドセルを背負って学校に通い、放課後は友達ともよく遊ぶ。
その男の子には、ある種の収集癖と呼べる性質があった。
きれいな石やよくわからない機械など、気に入れば何でも拾ってきてしまう。
だから、家の中はいつもガラクタで溢れていた。
父親と母親は、そんな男の子の奇癖を咎めるようなことはしなかった。
好奇心が子供を育てる。だから大人の感覚で子供の行動を制限したくなかった。
どうせ飽きっぽい子供のことだから、拾ってきたガラクタなどすぐに飽きて、
こっそり処分していっても気が付かないことだろう。
両親にはそんな思惑もあって、家の中のガラクタは増える一方だった。
ある日、その男の子は、拾ってきたガラクタでいつものように遊んでいた。
拾ってきた自転車二つと三輪車を組み合わせて車のようにして、
これまた拾ってきた計器類や時計を取り付けて、配線をデタラメに繋いだ。
そうしてその男の子は三輪車にまたがって、ぐるぐると漕ぎ始めた。
そこに、母親がお盆におやつを乗せてやってきた。
「あら、時人。今度は何を作っているの?」
「うん。今度はね、タイムマシンを作ってるの。」
「へえ、そうなの。おやつ、ここに置いておくね。
ところで最近、食べ物の減りが早いんだけど、
時人、あなたまさか、犬や猫を拾ってきて隠してないでしょうね?
物はいくら拾ってきてもいいけど、生き物は駄目よ。わかった?」
「うん。わかってるよ、ママ。」
その男の子は母親の顔を見もせず、おやつにも手を付けず、
機械いじりごっこに没頭していた。
それから数日後。
「できた!」
という男の子の声が、家の中に響き渡った。
両親が何事かと様子を見に行くと、
そこには、計器と配線に繋がれた自転車二台と三輪車が鎮座していた。
「時人、今度は何を作ってたんだい?」
笑顔の父親の言葉に、その男の子はとびきりの笑顔で返した。
「タイムマシン!やっと完成したの!」
「タイムマシン?時間を移動するっていう、あれかい?」
「そう!この機械はね、自転車と三輪車を漕いだエネルギーを使って、
時間を移動することができるの!
前に漕げば未来へ、後ろに漕げば過去に移動できるんだよ。」
「ほう、そうか。
そんなすごい機械、どうやって作ったんだい?」
「近くの発明好きのお爺さんの家から、いらない機械をもらってきたの。
後は僕の作った乗り物部分と組み合わせたんだよ。」
「それは大変だったなぁ。
じゃあ、早速、動かしてみるかい?」
「うん!パパとママも手伝ってくれる?」
「いいともさ。」
「わたしも?しかたがないなぁ。」
父親はともかく母親は不承不承、自転車らしき部分にまたがった。
それから三輪車の部分にその男の子がまたがって、電源スイッチを入れた。
ブゥン・・と鈍い音がして、機械の電源が入ったようだった。
計器類の数字や針が微振動している。
それらを確認しながら、男の子が言った。
「パパとママに注意しておくね。
未来や過去に移動しても、自分自身には絶対に会わないようにして。
矛盾が起こって、時間の流れが破壊されてしまうかもしれない。
時間移動した先では、特に僕たち三人には会わない方が良い。
だから、残念だけど、この部屋からはでないようにしよう。」
「うん、わかったぞ。」
「はいはい。全く、どこでそんな言葉を覚えたんだか。」
父親も母親も、理由は違えど納得はしてくれた。
頷いて、男の子は言った。
「よし、じゃあまずは未来に移動してみよう。
パパとママは、全力でペダルを漕いで。
僕も漕いで微調整するから。」
そうして、その男の子と両親の三人は、勢いよくペダルを漕ぎ始めた。
ギュィィィィンとペダルを漕ぐ力がチェーンを回し、
歯車から機械へと伝達されていく。
すると、計器の数字がジワジワと増えていった。
「よし!パパとママ、一旦漕ぐのを止めて。確かめてみよう。」
父親と母親は汗だくになって、やっと自転車を漕ぐのを止めた。
「はぁはぁ・・・それで結果は?」
「結果も何も、自転車を漕いだだけでしょ。
良いダイエットにはなるでしょうけど。」
汗を拭き拭き顔を上げた両親の前には、
ちょっとだけ変わった世界が広がっていた。
男の子が作ったというタイムマシン。
どうせ子供のおもちゃだろうと、両親も付き合った。
しかし動かすと、現実には世界が変わっていた。
まず、機械に付いた自転車を漕ぎ始めたのは、日中だった。
自転車を漕いでいた時間は、多く見積もっても30分程。
そして自転車を漕ぐのを止めて窓の外を見ると、すっかり夜になっていた。
窓の外にはさめざめと雨が落ちていて、天気すらも違う。
「まさか、これ、本当に未来に来たの?」
母親が信じられないと呟く。
父親も同じく、部屋に置かれていた時計を指差して言った。
「これ、映写機じゃないよな?」
時計が指す日付は、明日の日付になっていた。
驚愕の両親に、男の子は大はしゃぎしていた。
「やったやった!大成功!タイムマシンで未来に来たよ!」
すると、その声が聞こえたのか、家の中から声がした。
「時人?そこにいるの?もう寝なさいって言ったでしょ。
あら?でも今、トイレに入ったわよね。」
どうやら未来である今の母親に勘付かれたらしい。
部屋に近付いてくる足音が聞こえる。
途端、両親と男の子の三人は体を縮こまらせた。
「まずい、このままじゃ未来のママに見つかっちゃう。」
「どうするの!?」
「時間をリセットして元の時間に戻るよ。
パパ、ママ、自転車を後ろに漕いで!目一杯!」
そうして三人はまた機械に跨ってペダルを漕ぎ始めた。
今度は逆向きに、大急ぎで、力の限り。
すると、部屋に近付く足音が遠くなっていった。
しばらくペダルを漕ぎ続けると、機械からチーンとレンジのような音がした。
「よし!もういいよ。」
汗だくの三人が時計を見ると、出発する前の時間に戻っていたのだった。
こうして、男の子が作った機械がタイムマシンであることは、
男の子と両親の三人によって確かに確認された。
自転車のペダルを前に漕げば未来に、後ろに漕げば過去に飛ぶ。
ペダルを漕ぐのに大変な作業を必要とするのがネック。
だが世紀の発明であるタイムマシンが、幼い子供の手で作られた。
その事実に両親は驚き、しかしすぐに喜んだ。
「まさか時人がタイムマシンを作ってしまうだなんて。」
「やっぱりわたしたちの息子は天才だったのね。」
親馬鹿の前に勝るもの無し、かえるの子はかえる。
親子三人はすぐにタイムマシンで時間移動を楽しむようになった。
未来に移動したり過去に移動したり。
移動中ならば誰にも発見されることはなく安全、
止まる先の時間に誰もいなければ良い。
しかし問題は他にもある。
装置が家の中の一部屋に固定されて動かせないことだ。
家の中で過去や未来の家族と鉢合わせしないようにしなければならない。
そのことはタイムマシンの利用法を大きく制限することになった。
自転車のペダルを漕ぎすぎてヘトヘトにならない程度の近い未来か過去、
その範囲が望ましい。
それならば、家の中で家族に鉢合わせしそうになっても、すぐに帰れるから。
だからその範囲でできることと言えば、
未来に行って窓から天気を確認して洗濯の可否を確かめたり、
過去に行って忘れ物をしないように目立つ場所に置いておいたり、
その程度のことにしか使えなかった。
ある時などは、あわや過去の家族と鉢合わせしかかって、
家族三人で大慌てでタイムマシンに飛び乗ったこともあった。
どうにか手軽に時間旅行をできる先はないものか。
その答えは、それほど苦労せずに導かれることになった。
その男の子と両親は、タイムマシンが完成する半年ほど前、
家族三人で揃って遊園地に出かけたことがあった。
持ち帰ったお土産などから、その日付は今でも正確にわかっている。
さらには、家から出かける時間と帰ってくる時間もほぼわかっている。
この日ならば、タイムマシンで時間移動をしても、
遊園地に近付かなければ、家族の誰にも出会うことはない。
それどころか、家の中にタイムマシンを置いておいても大丈夫。
「よし、この日に家族で時間旅行をしようじゃないか。」
そうして父親は仕事の休みを取り、母親はお弁当の用意をして、
男の子と両親の家族三人で指定の日に過去への時間旅行へと旅立った。
指定の日は今よりも半年ほど前なので、
タイムマシンの自転車のペダルはたっぷり漕がなければいけない。
途中に休憩を挟まずに直接移動することが望ましいので、
ペース配分を考えながら、息を合わせてペダルを漕ぎ続けた。
ペダルを逆方向に漕ぎ続けていると、
窓の外の時間が巻き戻っていくのがわかった。
昼と夜を繰り返すこと180回ほど。
やっと目的の日付に到着することが出来たのだった。
タイムマシンを止めて、部屋の中の時計を確認する。
確かに日付は家族三人揃って遊園地に行った日に違いない。
時間は昼前で、もう既にこの時間の家族は出かけた後だった。
「ぜぇぜぇ、よし。目的の日付に到着したな。
母さんも時人も大丈夫か?」
「うん・・・なんとか。」
「僕は微調整してただけだから、元気だよ。
さあ、早く過去の世界に出かけよう!」
元気な子供に引っ張られて、父親と母親はタイムマシンを下りた。
家族三人で家の外に出ると、そこには、
見慣れているけど少し違う世界が広がっていた。
半年前の自宅の周囲の世界。
自宅には変化は見られないが、郵便受けが少しきれいになっているだろうか。
もう終わったはずの隣の家の工事が、今ではまだ続けられていた。
もちろん、季節も巻き戻っている。
出かけた時は秋だったはずだが、今は爽やかな春の陽気だった。
「これなら何とかお花見もできなくはないかな?」
「そうね。あの時は遊園地を選んだけれど。」
「今度は、お花見に出かけよう!」
そうしてその男の子の家族三人は今年二度目の春を楽しんだ。
朗らかな青空の下、もう散り始めた桜を名残惜しそうに楽しむ。
それはタイムマシンとは違った時間の経過を実感させた。
花見団子を食べ、家族で桜を楽しみ、しかし時間は待ってくれない。
そろそろ帰らなければ、この時間の家族と鉢合わせしてしまう。
「そろそろ帰ろうか。」
「また来たくなったら、タイムマシンでもう一度来ましょうね。」
「・・・うん。」
その男の子の家族三人は、元の時間に戻るために帰宅した。
そこで待っていたのは、家族を引き裂く残酷な事実だった。
元の時代に戻るため、家へと戻ってきた家族三人。
後はまたタイムマシンを漕ぐだけ。
そのはずだったのだが、しかし。
タイムマシンに接続された自転車に父親が跨ると、
バキッ!と派手な音がして、父親が自転車から放り出されてしまった。
見ると、椅子やペダルなどが劣化して、ボロボロに折れてしまっていた。
このタイムマシンは、元はと言えば男の子が拾ってきた材料で作ったもの。
それが災いしたようだった。
このままでは、父親が乗る席が無い。三人は慌てた。
「ねえ、お父さん、時人!壊れた自転車は直せないの!?」
「今すぐには無理だよ。替えの部品がないと。」
「全く同じものにしないと、タイムマシンに影響が出るかも。
座る場所だけ作っても、出力が足りない。
やっぱり、すぐには直せないよ。」
「じゃあ、どうするの!?
このままじゃ、この時間のわたしたちが帰ってきちゃう!」
半狂乱の母親に、男の子も泣きべそをかいている。
そんな二人の様子を見て、父親は覚悟を決めたようだった。
「落ち着いて。未来には、お前たち二人で帰りなさい。」
「そんな!あなたはどうするの!?」
「俺は、ここに残る。それしか方法がない。」
「そんなことできない!わたし一人で時人を育てるなんて。」
「お前はもう立派な母親だ。
時人も、お母さんのことをしっかり支えてあげるんだぞ。わかったな?」
「うん・・・、うん!」
これしか方法がないことは、子供にも明らかなことだった。
家族三人は涙を流し、ひしと抱き合った。
「さあ、時間がない。早くタイムマシンに乗って。
二人共、無事に元の世界に戻るんだぞ!」
名残惜しそうに、男の子と母親はタイムマシンに跨る。
そうしてペダルを漕ぎ出した。
今度は元いた未来へ、前に向かってペダルを漕ぐ。
すると、手を振る父親の姿が、川の水に流されるように消えていった。
そうして家族三人は、離れ離れとなってしまった。
またも昼と夜を繰り返すこと180回ほど。
男の子と母親は、元の時間に戻ってくることができた。
部屋の時計が指す日付が、それを証明していた。
二人共ヘトヘトになっているのは、移動の疲労のせいだけではない。
父親を過去の世界へ置いてきてしまったことへの後悔が重くのしかかった。
母親はすぐに男の子に問い質した。
「時人、タイムマシンを修理して。
それから、もう一度あの日に飛んで、お父さんを迎えに行きましょう。」
しかしそれには、男の子は力なく首を横に振った。
「それは止めた方がいいよ。
あの日には既に一回、僕たちが飛んでいる事実がある。
二度も同じ時間に飛んだら、
自分たちと鉢合わせて宇宙に矛盾が起こっちゃう。
そうしたら、宇宙が壊れてしまうかもしれない。
それに、このタイムマシンはすごくデリケートなんだ。
全く同じ部品を使っても、同じ機能を発揮するとは限らない。
むしろ、動かない方が可能性が高いと思う。
タイムマシンはもう二度と作れないかもしれない。」
「そんな・・・」
もう過去に置いてきた父親を迎えに行くことはできない。
母親はそれを実感して、男の子にすがりついたまま尻もちをつくと、
さめざめと泣き始めてしまった。
男の子も何と声をかけて良いかわからない。
家の中は静まり返り、母親の泣き声だけが響いていた。
すると、何やらゴトゴトと物音が。
重い物が動き回る音がするのは、どうやら押入れかららしい。
押し入れの襖がさっと開けられたかと思うと、
ドサッと何かが転がり落ちてきた。
「いてててて。
やあ、おかえり。二人共、やっと帰ってきたか。」
押し入れから転がり出てきたのは、他の誰でもない、父親だった。
その姿を見て、涙で顔を濡らした母親は、ポカンと口を開けた。
「あなた・・・どうしてここに?」
「どうしても何も、二人が帰ってくるのを待ってたんだよ。」
すると男の子がポンと手を打った。
「あっ!まさかパパは!」
「そう、時人はわかったか。賢いな。
俺は、半年前の過去に残った後、押し入れに隠れて生活してたんだ。
そうして、半年後に家族三人がタイムマシンで過去に行って、
母さんと時人の二人だけが帰ってくるのを待ってたんだ。」
「・・・どういうこと?」
母親はまだ事情がわからず、止まった涙を拭っている。
男の子が笑顔で母親に説明した。
「つまりね、パパは、半年前の世界に置いていかれてから、
家族三人に見つからないように、押し入れに隠れて生活してたんだ。
そうやって半年を過ごして、
半年前の世界からタイムマシンで帰って来る僕とママに会うために。
時間を移動できるのはタイムマシンだけじゃない。
特に、過去から未来に行くのなら、ただ待ってるだけでもいい。」
「パパはただ待ってただけじゃないぞ。
家族三人に見つからないようにするのは大変だったんだから。
食べ物はこっそり盗まないといけなかったし。
その甲斐あって、過去の自分自身と顔を合わせて、
宇宙に矛盾を起こすのは避けられたようだな。
まあでも、終わってみれば、かくれんぼみたいで楽しかったよ。」
「もう、馬鹿!」
泣き怒りしている母親に、喜ぶ男の子を合わせて父親は抱き寄せた。
失われたと思っていた家族は、いつも家の中にいた。
今はもう、堂々と一緒に顔を合わせてもいい。
タイムマシンによって引き裂かれた家族は、
二つ目のタイムマシンによって、再び一緒になることが出来た。
これから家族三人は同じ時間を歩み続ける。
二つ目のタイムマシン、つまりは自然の時間の流れとともに。
終わり。
もしもタイムマシンが偶然にもできてしまったら、という話でした。
偶然にできたものは偶然に壊れることもある。
タイムマシンが壊れて過去の世界に取り残された場合、
取りうる方法についても考えてみました。
時間は物毎に流れています。
肝心なのはお互いの場所であって、
再会したい家族が戻って来る場所がわかっているなら、
過去から未来に戻るにはただ待っていれば良いという結論になりました。
もちろん、その分の歳は取ってしまいますが。
離れ離れのままよりはましでしょうか。
お読み頂きありがとうございました。