第8話
「ありがとうございました、またよろしくお願いします」
以前引き受けた槍の引き渡しを終え、クローディアの商店の仕事はひと段落した。
まだ数人の冒険者が店の中にはいるが、すぐにどうこうということはなさそうだ。
「だいぶうまくなったな、メイヴィス。よく頑張っている」
「ありがとうございます。それでも師匠にはまだまだ敵いませんけど」
「当たり前だろ。経験が違うんだ。それでもあそこまで見事に作ったんだ、胸を張っていい」
この商店には、裏手に工房がある。
かなり立派なつくりになっているこの工房では、武器も防具も作成できる様になっている。
今回の仕事では、メイヴィスが一から最後まで槍を作成し、工程ごとにクローディアにチェックをしてもらっていた。
「もうあと何日かで、あいつらも出てくるか。なら、武器を新調しないとだな」
先日言っていた、洞窟にこもっているパーティ。
彼らが扱う武器も、クライドたちと同様バランスに富んでいる。
それだけに作業を分担して作らなければ、間に合わない。
幸いにもノリスがたくさんの材料を先日仕入れてくれていたこともあって、材料は十分にある。
なので二人はそれぞれ分担を決め、早速作業に取り掛かる。
クライドたちは所謂クローディア部隊の第一部隊。
今洞窟にこもっているパーティは、第二部隊にあたる。
第一部隊のみで魔王が討伐されるならば、それもよし。
しかし物事には万一が付きまとうこともある為、こうして絶えず洞窟へ送り込めるメンバーを厳選しているのだった。
「私も洞窟、行ってみたいんですけどね……」
「お前にはまだ早い。とは言ってもそこまで遠くない未来、行ける様になるとは思うぞ。魔王が生きているうちに行けるかはあいつら次第だけどな」
四つの武器の図面を書きながら、二人は話している。
少し前までは、製図の最中に話しかけられるとメイヴィスは激昂していたものだが、今ではすっかり慣れたものだ。
「魔王が生きているうち、というのはなさそうですけどね。クライドさんたちは、頭一個抜けてますよ」
「そりゃ、お前たちの中ではそうかもな。だが、詰めが甘い。特にクライドは優しさと甘さをはき違えてる節がある。リネットも、無駄にプライドが高いからな。マックスとブリトニーに関しては、内面的な意味では問題ないんだがな」
「まぁ、完璧な人間なんていませんしね。補い合って埋められるならそれでいい気はします」
「まぁ、それはそうなんだが……そこ、もうあと5㎝伸ばしとこうか。……完璧な人間はいないか、まぁそういうものか……」
クローディアは、エルフという特性上長生きだ。
その為人間が達しえない領域に至ることができたという部分は多分にある。
それだけに、弱い立場の気持ちがわからないということが、ある意味では弱点なのかもしれない、と考えた。
傍に自分よりも弱い人間を置いているのも、そういった気持ちが少しでも理解できたら、と考えてのことだ。
こうしたら、という最適解は人によって違う場合が多く存在する。
だからこそ、メイヴィスを始めとした従業員たちを置いている意味は、クローディアにとって十分にある。
「師匠が行けばそれこそ瞬殺で魔王は倒せるかもしれないですけど、それだと弱い者いじめになってしまう、というのが懸念材料なんでしたっけ」
「まぁな……というかこれは言ったっけ。私は、一度魔王を見に行ったことがあるんだ」
商店ができる少し前。
クローディアは、物見遊山のつもりで魔王城を訪れたことがあった。
世界を脅かす巨悪。
それが一体どれほどのものなのか、クローディアは興味があった。
「魔物とも戦わないで、城には忍び込んでな」
「師匠の隠密スキル、本当に見つけられないですからね……」
十数年前。
元王城というだけあって、魔王城は広い。
だが、王を名乗るだけあって謁見の間にいるだろうと当たりをつけ、城門をくぐって様々な部屋を探検気分で見て回った。
「……貴様、何者だ」
謁見の間で対峙した魔王。
彼は、城の外にいた魔物と比べてかなり強大な力を有しているのがわかった。
しかし、クローディアの目の前にいる魔王は、明らかにおびえた様な表情をしていた。
「何、ただの物好きだよ。世界を脅かす存在ってのがどんなやつなのか、気になってね」
「そうか、我を倒そうと?」
「んー……最初はそれもいいかな、と思ったんだけどね。世界も多少は平和になるだろうし」
魔王は一目で、クローディアと自らの実力差を看破していた。
そして当然、クローディアもそれに気づいていたのだ。
「見逃してやる。立ち去れ」
そう言葉を紡いだ魔王の声色は震えを孕んでおり、強がりも強がりの体を成していなかった。
こんなものか、とクローディアは思った。
こんな程度の脅威を、人類は排除できないでウダウダやっているのかと。
この程度であれば、クローディアは本気を出すまでもなく、倒してのけるだけの自信があった。
しかし、それでは人類が自らの力で巨悪に立ち向かい、その果てに平和をつかんだという実績は生まれない。
「そうか、見逃してくれるか。なら、お言葉に甘えようかね」
「なっ!?」
クローディアの答えが意外だったのか、魔王はその顔に動揺を滲ませる。
魔王は、クローディアと対峙した瞬間から自らの死を覚悟していた。
今日この日、この瞬間に自らの死は決まったのだと。
それを、強がって放った一言に対して彼女は乗って見せた。
「言ったろ、気になっただけだって。興味があったんだよ。見物に来て、見逃してくれるってことなら甘えるわって、それだけ」
「…………」
「不満?殺してほしいのか?」
「…………」
「他に言うことがないなら、私は失礼するよ。ああ、でも一個だけ」
クローディアは、魔王に堂々と背を向け、振り返る。
「あんたの相手は、私の弟子にでもさせるよ。何年かしたら送り込むと思うから、その時はよろしくね」
それだけ言うと、クローディアは魔王の前から姿を消した。
クローディアの立ち去った後、魔王は初めて世界の広さを知ったのだった。
「そりゃ……魔王もさぞ悔しかったんじゃないでしょうかね」
「そうかもね。その時までは、自分が一番強いと思ってたはずだし」
「でも、魔王も強いんですよね?」
「まぁ、強いね。サシでやったら、クライドたちじゃぎりぎり勝てないかもしれない」
「4人で挑めば、いい勝負になると?」
製図が終わり、二人は裏手の工房に向かう。
材料の在庫を、正確に把握するためだ。
「まぁ、そうなるかな、と踏んでる。クライドの甘さとリネットの馬鹿なプライドの高さを差し引いて、ってとこだ。クライドは特に危うい。あいつは勝負に妙な格闘意識の様なものを持ち込む癖があるからな」
「あー……正々堂々、みたいな」
「そう、それ。魔物との闘いは、お前も知っての通り殺し合いだ。一人対複数が卑怯、なんてくだらない考えは通用しない」
「自分の命に危険がない状況に限られますよね、確かに。さすがに、魔物相手の戦いで一対一みたいなことは言わなくなった様に思いますが」
「そうだな、それだけがあいつの成長の証と言えるかもしれない。それに仲間に危険が及ぶとわかっている闘いでもある」
インゴットをいくつか手に取り、必要分ずつ分けていく。
なめし皮や木材の在庫もそれぞれ確認して、問題ないことがわかった。
「魔王との闘いにおいては、おそらくマックスが一番適任なんだろうと思う。あいつは私に少し似ているところがあるからな」
「憧れみたいなものなんですかね、ちょっと寄せている様な感じもしますが」
「あいつはその点上手いもんだ。必要な部分と不要な部分とを自分の中でより分けて、私の真似をするんだ。戦闘中においてな」
「なるほど……」
「戦闘にせよ製造にせよ……それこそ歌や絵だって、模倣によって発展してきたんだ。そこから新たな扉を開くことだって、普通にあるさ」
そろった材料を混ざってしまわない様に分け、クローディアとメイヴィスは店の中に戻る。
本格的な制作は翌日からにしようということで合意した。