第7話
クライド一行は、夜の森の中を歩いている。
明かりは最低限、ブリトニーが持つ松明のみだった。
事の始まりは数時間前にさかのぼる。
村長の孫娘が見当たらなくなった、と宿に村長が訪ねてきた。
夕方、いつもなら遊びから帰っている時間にも関わらず、帰ってこない。
行先に心当たりがないか、と尋ねられた一行だったが当然、あるはずもなかった。
よって一行もすぐに身支度を整えて、孫娘捜索に乗り出したというわけだ。
「足跡、一個はこの辺で途絶えてる……」
生き物であれば誰もが持つ気、生気。
この生気は、雨が降ったり誰かが上から踏んだりしなければ基本的には残る。
「二人分だったのが、一人分になってる。誘拐か……?」
クライドたちは、その気の痕跡をたどって捜索している。
足跡は途中まで二人分、そして途中から一人分。
消えたのは子供の方の足跡、残ったのはどう見ても大人のものだった。
状況から考えれば誘拐。
森の奥へと、その足跡は続いている様だった。
「行くか」
「村に戦闘員はいないらしいからな。俺たちでやるしかない」
4人はそれぞれ頷きあって、森の奥へと進んでいった。
この森にも、そこまで多くはないが魔物は生息している。
村の住民は漏れなく全員村にいた。
それであれば外部の人間か魔物に連れ去られたと考えるのが自然だ。
「……あれか」
少し開けたところに出て、泉が見える。
そのほとりに、横たわった子供が見えた。
「どうだ、息あるか?」
「眠らされてる……のかな、意識がないだけみたい」
ブリトニーが状態を確認するが、目立った外傷等もなく、命に別状はないと判断する。
「ブリトニー、離れろ!」
マックスが叫び、子供を抱えたままのブリトニーを突き飛ばす。
木の上から降ってきたナイフが、ブリトニーのいた地面に突き立つのが見え、全員が戦闘態勢に入った。
「ブリトニー、そのまま子供を頼む」
「来るぞ!!」
全員が一歩下がったところに、大きな影が降り立つ。
地面が軽く揺れる程度の重量を持つその影は、トロルと呼ばれる中型の魔物だった。
上半身は筋肉でおおわれているが、下半身は細めでバランスが悪いが、武器を操る知能を持っている。
「こいつ、トロルか……」
「貴様ら、私の獲物を奪うつもりか」
「言葉を話すのか、こいつ」
人語を操る魔物は、そう多くはないがその存在が確認されている。
どうやって学習したのかは不明だが、人語を操れる魔物の多くは、もちろん知能が高い。
「獲物って……その子は村長の孫だ。お前のものじゃない。お前、その子を騙して連れてきたんだろう」
「子供は騙しやすい。少し変身してやれば、すぐに騙されてついてくる。もっとも変身は得意じゃなくてな。途中で解けてしまって、騒がれたので眠ってもらったがな」
そう言って、貴族の青年の様な外見に変身してみせる。
自信にあふれる魔物なのか、明かさなくてもいい手の内を次々に明かしてくれている。
「そうか、その姿なら確かに騙されるかもしれない。死ねば変身は解けるのか?」
「そうだな、魔力が切れるんだ」
「でも切れて元の姿に戻るのは、一瞬だけよね。あんたたち、死んだら泡になって消えちゃうんだし」
「その通りだ。だがこの私を倒せるのは、魔王様のみだ。行くぞ!」
3人が武器を構えて、トロルと向き合う。
次の瞬間に姿を消したマックスの短刀が、トロルの首筋を捉えていた。
「口ほどにもなかったわけだが……」
マックスの足元で泡になって消えていく途中のトロル。
マックスの一撃をそのまま首筋にくらい、続けざまに放たれたクライドの一撃で絶命してしまった。
「え、もう終わり?」
「急所を切り裂いたからな。もっとも魔物にとっても急所なのかはわからんが。人間なら確実に死んでるはずだ」
「とりあえず、戻ろう?村長さんを安心させてあげたいし」
戦闘を終えても子供には傷一つない。
その姿を見れば、村長も安心するだろう。
クライドが子供を抱え、一行は夜の森を村に向かって駆けた。
「何とお礼を申し上げたらよいか……」
「気にしないでください。お世話になった村の方々に、こうして恩返しができたのは俺たちにとっても喜ばしいことですから」
事の顛末を村長に話し、子供を引き渡すと村長は地に頭をこすりつけて一行に礼を述べる。
一行にとっては人助けの一環でしかない事柄だが、村長にとってはこの上なく恩義を受けたことに他ならない。
他の村人たちも、さながら救世主でも迎えるかの様にクライドたちを称えた。
「今後、この村は……名もない村ではありますが、勇者様たちに全面的に協力いたします。何か必要があれば、出来得る限りのことをいたしますので、お申し付けください」
そしてささやかな宴が催され、翌朝一行は村人たちに見送られながら、村を発った。
「さて、ここからはかなり歩くことになるぞ。村もだいぶ先までないはずだからな」
「でも村長さんがテント2つくれたから、これからは男女別々で寝ることもできるんじゃない?」
「屋根もないところで地面に直接横になるなんて、私には向いてなかったんだわ。だからあんな風に風邪ひいたのよ」
「それはどうだろ……偏食が過ぎるだけだと思うぞ、リネットは。洞窟の中じゃ、一応普通に仮眠とかとれてたんだし、もう少し食事に気を使ってだな……」
「お父さんみたいなこと言わないで!」
出発してから数時間。行けども行けども草原、森、山という地形ではあるものの、見晴らしがいいせいか魔物は出てこなかった。
よって戦闘による消耗もなく、一行の旅は順調そうだ。
「それより、食事どうするのよ、携帯食だけなんていやよ、私」
「そうだな……少し川沿いに歩いていくか?魚とか取れるかもしれないし」
「とか、って何?カエルとか言ったら丸焦げにするわよ」
「まぁ、魚……だろうな。運が良ければ野兎とかも」
「う、ウサギ……?」
女性陣二人はウサギと聞いて、顔をしかめる。
ウサギは一般的に食肉としての需要もあり、国によっては普通に食べられているのだが、なじみのない国で育った者からすれば、いわゆる珍味みたいなイメージを持ってしまう。
「鳥の肉みたいでうまいんだぞ、ウサギ。まぁ、捕るなら罠仕掛けたりするのがいいんだけど……」
「そこまでしなくても、鳥捕まえて食べたらいいじゃない……」
「そうだよ、ウサギの代わりに鳥食べたら解決じゃん」
などなど他愛のない会話を交わしつつ、一行は川沿いを歩く。
鳥を捕まえるのはウサギよりも難しいなど、話題が尽きない。
「今日はこの辺で野営にしようか。水場もあるし、テント張ったらそれなりに快適なはずだからな」
昼過ぎ。
女性陣が魚を所望したこともあり、早めに野営の準備に入る。
女性陣がテントを担当し、男性陣は川に入って魚を捕るのだ。
「お前たち、割と楽な役回りしてるんだから、食えそうな野草でも探しておいてくれよ」
「何?女の子に水に入れっての?」
「女の子?どこにいるんだよ、そんな年頃の女」
「その死んだ目には、若いピチピチした女の子が映らないのかしら」
マックスとリネットが火花を散らす中、ブリトニーとクライドはそれぞれの役回りを全うするべく動き回っている。
口も利きたくないとばかりに憎みあい、それぞれが顔を背け、マックスも川へ向かう。
とは言っても表面上は反目しつつも、お互いを認め合ってもいる。
マックスたちはなんだかんだ言いながらも、魚を取ってくると信じているのだ。
数時間後、一行はそれぞれ一匹ずつ魚を食べることができ、満足感の中テントでの眠りについたのだった。