第4話
「魔物と戦うのか?」
「そうですが、何か?」
「避けて通るべきだと思うのだが……」
「王国からすれば、そうでしょうね」
この国の……というより、どこの国にも魔物と戦うという思考はない。
国内や城下に魔物が入り込めば、兵を投入して討伐、或いは撃退するのだがそれには理由がある。
まず、得られる恩恵。
これが極端に少ないことだ。
宝物を抱えていたり隠し持っているといったことはなく、更に魔物は非常に硬い。
勝利に見合ったメリットがない、というのが一番だろう。
倒して金を稼ぐ、というのは夢物語に近い。
魔物や魔族と言ったものは、絶命の瞬間に泡となって消えてしまうからだ。
それ故、王国だけでなく冒険者であっても、魔物と邂逅したら逃げる。
危機がなければ戦わない、というのが通説となっているのだった。
「あいつらは特別製でして。魔物を倒すのに恩恵が普通にあります」
「何?それはどういう……」
「こればっかりは説明してもご理解いただけないかもしれませんが……」
そう言ってクローディアは、右手の手のひらを上に向けてアーウィンを見る。
手のひらの上には物理的には何もない。
「陛下にはここに、何が見えますか?」
「ん?……いや、何も。何かあるのか?」
「あいつらには、ここに私の気で作られた数字が見えるのです。もちろん、私にもね。そしてあいつらにも同じことができる」
「そうなのか……しかし、話が見えてこないのだが」
「これが見えるというのがまず、魔王や魔族、魔物と戦う資質の一つです。魔物たちと有利に戦うための力を、武器や魔法に込めることができるからです。兵士たちの中に、その様な芸当ができる者はいないでしょう?」
もっとも、魔法が使える者に限定して言えばその力を得る手段はある。
魔法は気を練りだして発動するものだが、それを鍛えて昇華させることで常時気を纏い、戦いに生かせる。
ただの物理攻撃や魔法攻撃と、気を込めたものとでは、天と地ほどの差があるのだ。
「それは……その様な力を、お主たちはどうやって……」
「それはまぁ、企業秘密というやつですね。資質を持っている人間ばかりではない、というのもありますが一国のみに教えてしまえば世界が傾くことにもなりかねませんから」
ここで仮にクローディアが「企業秘密」についてアーウィンに語った場合、クローディアは暗黙のもとにカルカゴのお抱えになる。
それだけならばまだ良いが、他国からは警戒対象、最悪討伐対象となり、カルカゴは同盟から外されてしまい、戦争が引き起こされるきっかけにもなってしまう。
「なので、ここで見聞きしたことは誰にも口外不要にてお願いしたい」
「うむ、わかった」
「その代わりというものでもありませんが、もし私の力が必要なことがあれば、店を通して依頼をいただければ力を尽くしましょう」
そう言ってクローディアが指さした先で、水晶にはクライドたちが魔物を倒し終えていた。
アーウィンが城へ帰り、クローディアは店じまいの準備をしていた。
クライドたちを送り出して、まだ1日にも満たない。
それでも多少の寂しさの様なものがクローディアを襲う。
水晶をふと見やると、4人は野営の最中の様だった。
店から魔王城までの間、村が2つある。
順調に進めれば明日にはその村の一つへたどり着くだろう。
「寄り道をするなとは言わなかったから、おそらくあいつらは数日滞在するんだろうな」
クライドとマックスはともかく、ブリトニーとリネットは野蛮であることを嫌う。
4人に修行をつけていたころ、クローディアが手を焼いた要因の一つだ。
「師匠、終わりました」
「メイヴィスか、ご苦労。休んでいいぞ」
「お疲れ様でした」
クローディアに声をかけたのは、全体的に細めの小さな少女だった。
店でクローディアが雇っている、従業員兼弟子の一人だ。
この店では、旅立った4人の他に12人の人間が雇われている。
店は宿としての経営をしてはおらず、寝泊りができる施設は全て弟子とクローディアで使用していた。
「ああ、メイヴィス待ってくれ」
「はい、何でしょう?」
「今あそこに行っているのは4人だったな?」
「はい、もうすぐ3日になると思います」
あそこ、というのはクローディアがアーウィンに話した企業秘密にかかわるところだ。
クローディアの子弟の強さはその場所にある。
クローディアは店の他に、洞窟を一つ所有している。
厳密には洞窟そのものではなく、洞窟を召喚できるアイテムだ。
クローディアの話した、「気」の扱いは、資質と使い込みによって引き出される。
資質にも人によっての大小があり、あまりにも資質の小さい者を、クローディアは基本的に鍛えない。
もちろん、小さいから才能がないというのは短絡的であることをクローディアも理解しているが、純粋にその小さな才能を伸ばすというのは、クローディアは好まなかった。
これは単純にクローディアが短気であることも起因している。
気の小さな者がどうしてもクローディアに弟子入りしたいという場合、己の力のみでその実力を一定まで伸ばし、クローディアに示す必要があった。
そのうちの一人が先ほどのメイヴィスだった。
彼女はまだ、洞窟を利用したことがない。
ただひたすらに、単独で草原や街道に出没する魔物を相手に研鑽を積んだ。
一方で、クローディアからその資質を認められた人間は、チームで洞窟に放り込まれる。
一度入ると、死ぬか最深層を踏破するまで出ることができない。
そして中には多数魔物が出現し、その牙を剝いてくる。
気を扱える者であれば、魔物の硬い表皮を貫いて攻撃を加えることができ、撃破することも可能だ。
しかし、その戦い方も万能ではない。
人の気力は、無限ではないからだ。
その為休息をとったり気の量を調整する術を身に着け、慎重に進むことが求められる。
早いパーティであればおよそ1週間程度で踏破して洞窟から出てくる。
時間のかかるパーティであっても、10日ほどで出てくるのが通例だった。
「今回は、どうだと思う?クライドたちより早く出てくると思うか?」
「どうでしょう……私はまだ洞窟に入っていませんので何とも言えませんが……クライドさんたちは元々相性がいいということもありますから」
「まぁ、そうだな。今回のあいつらは仲良しというわけでもないし、たまたま実力が拮抗しているに過ぎない」
クローディアは、洞窟に入るものに水晶の粉をかけない。
洞窟に入る人間に粉をかけても、何故か水晶への映像が反映されないのだ。
2度ほど試して材料の無駄と割り切ったクローディアは、事前にある程度のアドバイスをするのみで、パーティを洞窟へ送り出す。
「クライドたちは正直パーティとしてのバランスもいいからな。攻守のバランスは、戦闘においても重要だ」
「私の様に街道や草原で魔物を狩るのと違って、あの洞窟ではほぼ無限に、それなりの頻度で魔物が出てきますからね。連携も相当鍛えられたんじゃないでしょうか」
「お前はまだ、あそこに入るのは怖いか?」
「それもありますけど……正直あそこを踏破しても、そのあとの人生が思い浮かびません。師匠が認めて世に出て行った方々の様に、やりたいことがあるわけでもありませんし」
「なるほどな……お前の良いところは努力できるところだ。目標がなくても研鑽を忘れないその心は立派なものだと思うがな。あとは、好き嫌いせず食べて身長を伸ばすとか」
頬を軽く膨らませ、メイヴィスがクローディアをにらむ。
メイヴィスは発育不全なのか、同じ年の頃の人間と比べて身長も小さいし体に凹凸も不足している。
「身長はもう、諦めてます。二十歳を超えて尚身長が伸びる方もいますけど……私はきっと、そういう血筋ではないのです」
「まぁ、好きに生きるといい。呼び止めてすまなかった。ゆっくり休んでくれ」
軽く頭を下げてメイヴィス自室へ足を運ぶのを、クローディアは感慨深そうな目で見送る。
夜が更け、体に心地よい眠気を感じながら自らも就寝の準備に取り掛かることにした。
魔物の扱いを、少し変えてみました。