第3話
いよいよ弟子一行が旅立ちます。
クローディアが自身で討伐に乗り出さない理由は、ほかにもありそうですが今後語られるのでしょうか。
「……此度の戦い、見事であった、クローディア。そしてその弟子たちよ」
舞台は再び謁見の間。
アーウィンは、言葉とは裏腹に顔色はあまりよくない。
「ありがとうございます、陛下。早速ですが、明日にはこいつらを魔王城へと送り込もうと考えておりますが、よろしいでしょうか?」
「む……主らの実力はよくわかった。しかし、何故余に伺いを立てるのだ?主らほどの実力があれば、黙って乗り込んでも問題はなさそうに見えたのだが」
問いかけられたクローディアは、ふっと笑って目を閉じる。
何かを思い出している様だった。
「実は、カルカゴへ来る前に一度、ルミヒの王にも同じ話を持ち掛けています。もっとも、その時には話自体が失敗に終わったのでこちらへ参った次第ですが」
「何と……」
その話を聞いて、アーウィンには合点がいった。
ルミヒは王国を名乗っているものの、規模自体はカルカゴよりも小さい。
そのせいもあって、魔王が次に狙うのはカルカゴではなくルミヒになる可能性もある。
「あの国は駄目ですね。覇気もない。おそらくは誰かに守ってもらえるのが当たり前と思っているのでしょう。よく同盟国として存在していられるなと感じる」
「…………」
「理由でしたね。それは、国から派遣されているという肩書がほしい。そしてもう一つ、兵を送り込むことの無意味さを知ってもらいたいから、というのもあります」
「なるほど……なるほどな……」
国を挙げて、国による討伐。
アーウィンを始めとした同盟諸国は、そこにこだわっていた。
しかしそれが無意味であるということは薄々どの国も気づき始めていたが、後には引けなかった。
つまり、ここで兵を送り込まなくて済む大義名分が先ほどの勝負で成立し、その後の魔王討伐をクローディアに一任できる理由が生まれた。
「主らには、これと言ってメリットがある様に思えぬのだが……」
「そうでもありませんよ。たとえば何か戦利品の様なものを魔王城で手に入れた場合、それらは私どもで独占できます。仮に国が横から奪おうなどと考えるのであれば、国相手に喧嘩をしてもかまわないですがね、こちらは」
クローディアの鋭い視線に射竦められたアーウィンは、ひきつった笑いをその顔に浮かべる。
「しかし、安心していただきたい。あいつらの冒険の様子は、見守ることができますので」
「それは、一体……?」
「これを使います」
クローディアが懐からいびつな球形をした水晶を取り出し、アーウィンに見せる。
紫色のそれは、ただの水晶に見えた。
「それは?」
「これはちょっと特殊な魔道具でしてね。これを少し砕いたものをこいつらに振りかけることで、こいつらの動向をこの水晶に映すことができる様になります」
「何と……」
「一応、誤解のない様申し上げておきますと……私たちの目的は別に国盗りではありません。ただの人助けの延長だとお考え頂ければ」
「人助け?それだけか?」
「人の物語というのは、何も戦うことだけが全てではありません。この20年以上に渡って続いてきた混沌の時代、これを終わらせて真の平和が訪れてこそ人々の物語も紡がれようというものです」
揺らぐことのない自信が、クローディアの言葉にはある。
アーウィンは少し考え、そしてクローディアを見つめた。
「あいわかった。旅に必要なものがあれば言ってくれ。兵も必要であれば……」
「兵士の方々は城を守る要。一人として連れていくつもりはありませんよ。あいつらだけで十分です」
「そうか……して、クローディア。お主は彼の者たちよりも強いのだろう?お主が行くことは……」
「私ですか?私が行けば、確かに魔王は倒せましょう。しかし、それでは面白くない」
「そ、そうか……」
物事を面白いかどうかで判断している。
そのことがアーウィンには多少の不安材料ではあったが、ここはクローディアに任せるのがいい。
そう考えて一行の旅立ちを見守ることにした。
「忘れ物はないか?しばらくは戻ってこれないんだ、きちんと用意しとけよ」
「何偉そうに仕切ってんのよ、クライド。あんたが一番の不安材料なんだから、しっかり支度しなさいよね」
翌日。
クローディアの商店にて、クライドたち4人が旅支度を整えていた。
必要なものは大体商店で賄える。
「路銀は陛下が用意してくれたが、持っていくものは最低限にしておけ。大荷物になったら魔物と戦えんだろうが」
「マジックバッグはくれないんですか、師匠」
マックスが膨らんだカバンを見て嘆いた様な声を上げる。
マジックバッグとは、その名の通り魔法が施されたカバンで、無限ではないにしても見た目以上の収納力を備えている。
旅人の必需品ともいえるものではあるが、普通のカバンと比べると値段が比較にならないほど高い。
「マジックバッグが必要なら、国で用意するが……」
「いいのです、甘やかさないでください陛下。こいつらには旅の大変さも経験させたい」
彼らの旅立ちに際して、アーウィンもせっかくならクローディアの店が見てみたいと申し出て、立ち会うこととなった。
噂に聞いていた以上の規模の店舗の大きさに、アーウィンは物珍しそうにしていたが、いそいそと旅支度を進める4人を見て、伴ってきた兵士たちにも少し手伝う様命じた。
「じゃあ、そろそろ良いかな」
「多分……」
「必要なものがあれば旅先で揃えたりも考えようか」
「おい、お前ら。これを忘れるな」
クローディアが4人を呼び、並ばせる。
先日アーウィンに見せた水晶を取り出し、その端の方を紙やすりでこすった。
そして紙やすりについた水晶の粉を、少量ずつ4人の頭からパラパラとかけた。
「お前らなら万に一つも失敗はないと思うが、念のためにな。あと陛下もみられる様にしておけば安心できるだろうからな。わかってると思うが、逃げ出したりしたら……」
「だ、大丈夫ですよ師匠。絶対逃げ切れませんから……」
「大丈夫のポイントそこなのかよ……」
などなど和やかな雰囲気の中、クライドたちは旅立ちを迎えた。
道のりとしては、可能な限りまっすぐ魔王城を目指すルート。
障害があれば、町や城以外ならぶっ壊せ、というのがクローディアの教えだった。
「さて、これでやつらは旅立ちました。陛下ももう帰られますか?帰りますよね?」
「そんなに帰ってほしいのか、お主……」
「冗談ですよ。水晶は手持ちが2つありますので、もしよろしければこちらをお持ちください。小さい画面で大勢と見る趣味はありませんし」
4人が旅立って数十分。
クローディアの手元の水晶には、4人の様子が映し出されていた。
とは言っても、まだ始まったばかりの旅でただただ歩いている4人が映っているにすぎず、これと言って注視すべきところもない。
「おお、良いのか?」
「ええ、まぁ使い捨ての魔道具ですしね。それに比較的容易に入手できます。方法はもちろん、企業秘密ですが」
そう言ってもう一つの水晶をとりだすと、元の水晶の削り粉をアーウィンに手渡した水晶へと振りかける。
見る見るうちに4人の様子がアーウィンの手元の水晶にも映し出された。
「おお……どういう原理なのだ、これは」
「もちろん企業秘密……と言いたいところですが単純ですよ。この水晶は、水晶自体が魔力を持っています。水晶自体の魔力が再生能力も持っていて、引き合う性質を持っているんです」
「なるほど、それでそちらの粉を……」
「ええ、誤って割ってしまったりしなければ、映像は無限にみることができます」
そう言いながら、クローディアはカウンターの上に無造作に水晶を置く。
衝撃で壊れたりしないのか、とアーウィンは冷や冷やしていたが、そんな思いはクローディアからすればどこ吹く風だ。
「ところでクローディア……どうやらあやつら、魔物と邂逅したようだが……」
アーウィンが手にした水晶の画面に映された映像を指さす。
どれ、と覗き込んだクローディアがふむ、と一瞬うなるとふいっと視線を外す。
やや大型の、サルと豚を混ぜた様な魔物が数匹、彼らの行く道をふさいでいるにも関わらずだ。
「何、心配ないでしょう。あいつらの相手になる様なものでもない」
水晶という便利アイテムがどの程度、今後に生かせるか。
一行の旅が一体どうなるのか、見守っていただければ幸いです。