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第13話 ノール・ヴィルパント防衛戦




 南西の方角から進撃する一団へ向かって、ヒールで地面を蹴り上げながら全速力で走る。


 迫り来る壁のようなペンギンたちとクロエが会敵したのは、広大な自然公園のど真ん中。

 公園と言っても遊具はなく、未開発地区のように閑散とした芝生エリアである。周囲には邪魔になりそうな建物や背の高い木もない。(かえ)って好都合だ。もうここで食い止めるしかない。


 前方200メートルまで距離を詰めて地面を抉りながら急停止したクロエは、革張りのトランクケースを滑らすように開け、叫んだ。


情報転写式具現装置(リアライズ)展開(スタンバイ)!」


 無造作に開いたトランクケースの中から声紋認証で飛翔したのは、小型のドローン4機。

 データ照射用の緑の光線を放ちながら四方へ散っていく。


 タブレットを開き、この2週間で集めたペンギンのデータを流用する。



 先端が湾曲した青と白の羽毛は瓦のように生え揃う。頭には朱色の冠羽(かんう)が三本。


 最初は真っ黄色かと思った(くちばし)は、上が黒く下は橙色。


 白目の範囲が少なく、目元は少しつり上がっている。


 ぬいぐるみサイズから成人男性並みまで、大きさは様々。食した魂の量を比例させる。


 ペタペタとうるさい足は本物のペンギンとは異なり、吸いつくような湿気を(まと)って柔らかい。



 情報転写式具現装置(リアライズ)の情報照射を行うドローンの光が、まるでオーロラのように降り注いだ。

 その内側に足を踏み入れたデイドリーマーズたちが、一瞬で具現化していく。


「しんちょく、しんちょくゥウウウ゛!!」

「コレ、よんだことある!!」

「ごじ! だつじ! にじゅーひょーげん!」

「あのさくひんとにてるね!?」

「しじつとちがう! べんきょうぶそく!」

「ふくせんへたくそ!」

「シメキリは?」

「ぶらば、ブラバッ!!」


 情報という名の理解を(かて)に受肉したペンギンたち。その未熟な声帯から発せられる(しゃが)れた醜い声。

 小説家の魂を(むさぼ)るうちに語彙が増えたらしい。ここにトマがいたらまた発狂していただろう。


「小説家も、ペンギンも、ほんっとうるさい……!」


 大群と真正面から対峙したクロエは、苛立った声でそう吐き捨てる。

 トランクケースの中から鈍重なシルバーガトリングを片腕で引っ張り出し、2本の弾帯をクロスさせるように肩にかけた。

 そして前方に迫る悪食(あくじき)たちへ、環状に配置された複数の銃口を向ける。


「マナーを守れない徹夜組は……――帰れぇええええええッ!!!」


 クロエの怒号と銃声のアンサンブルが始まった。

 モーターの電力を吸い上げた銃身が高速回転し、無数の弾丸が一斉発射。銃弾の壁となってペンギンたちの行進を阻む。

 怪物専用の特殊な弾は被弾すると内側で爆散し、内部から破裂する。周囲にはデータで作られた疑似血液と肉片が飛び散った。


 クロエ専用の多銃身式回転機関銃は高い殲滅力を誇る。

 射撃姿勢が高いので1対1では隙が多いが、こういった多勢に無勢のシーンでは心強い。


 だが、限度はある。


 ペンギンがドミノ倒しのように次々と地面へ伏していく一方で、その強烈な行進のスピードは落ちない。

 後方から津波のごとく押し寄せる大群が圧となり、クロエにのしかかった。


(戦闘薬を飲んだ兵士みたいに勢いが衰えない……これじゃあいくらやってもジリ貧よ……!)


 銃口から放たれる火薬の熱さとは違う理由で、彼女の額に汗が浮かんだ。

 徐々にペンギンとの距離が詰まって来たので、ガトリング砲を一度止めて手榴弾(グレネード)を取り出す。

 ピンを口に咥えて引き抜き、「しんちょくーーー♪」と大合唱するペンギンに向かって、三つ連続で放り投げた。


 轟音(ごうおん)、そして派手な土煙と共に青い羽毛が空へ吹き飛ぶのを確認しながら後退。距離を取ったら再びガトリング銃で一掃。

 これをしばらく繰り返していたが、背後のノール・ヴィルパントは徐々に近づいていた。


「おいしーおいしーしょーせつか♪」

「あまぁいらぶこめだぁいすき♡」

「からぁいばとるもたべたいな♡」

「にがぁいほらーもおいしーよ♡」

「はやくっはやくっ、しょーせつか、たべたいぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!!!☆♡♫※△×◎∞」


 大合唱は最高潮の盛り上がりを見せた。

 (わずら)わしい思いをぶつけるように激しい銃声を放つが、ペンギンたちの足は依然止まることがない。


 すると、群れの奥から突風のような衝撃波が放たれた。


「ちょっ、なに!?」


 クロエは先の鋭いヒールを地面に突き刺して吹き飛ばされそうになるのをどうにか耐えるが、衝撃波を食らったドローン2機が撃墜されてしまった。

 それによって実体化の範囲が狭まり、不可視(インヴィジブル)状態のペンギンが前進して来る。


 クロエは乱れた前髪を払い、砂塵が舞う視界を鋭く細めた。

 群れの一番奥からゆっくりと足を進める、ずんぐりむっくりとした一際大きな影。


 間違いない、群れの統率者である喫食種(テイスト)だ。


 見た目こそ有象無象の摂食種(イート)似通(にかよ)っているが、その巨体はエトワール凱旋門の大きさに匹敵する。

 夜空を吸い込みそうなほど大きな瞳は血走り、ギョロリと黒光りした。

 その姿に温厚な喫食種(テイスト)の影はない。フランチェスカの話通り、もうほぼ偏食種(グルメ)化している。


「しんちょくはぁあああああああああああああアアアアア゛ア゛ア゛!?!?!?!?!?」


 咆哮(ほうこう)の衝撃波によってまた1機、ドローンが墜ちていく。

 進捗お問い合わせが物理攻撃になるなんて――クロエは大きな舌打ちをして、憎々し気に喫食種(テイスト)を睨みつける。

 だがそんな威勢も空しく、摂食種(イート)たちはこれぞ好機と言わんばかりに一気に加速した。


「ッ、冗談じゃないわよ!!」


 迫り来る大群を前に尚も懸命に銃口を下ろさないクロエだが、ペンギンは彼女もろとも()き殺しそうな勢いで突進してくる。


 ペタペタペタペタ、ペタッペタペタペタ! ペタペタッペタペタペタペタ、ペタペタ――!!!


(突破される……っ!)


 これ以上後退もできないクロエの眼前までペンギンが迫った。

 (よだれ)を吹き(こぼ)す鋭い(くちばし)の奥には、無数の細かい牙が生え揃っている。銀髪も骨も、跡形もなく食い尽くされるだろう。


 すると、突きつけた銃口に一匹のペンギンが無造作に食らいついた。


「邪魔!!」


 すぐに発砲して愚者を吹き飛ばしたが、その一瞬で両翼の侵入を許してしまった。

 銃身の回転に合わせて飛び散った肉片を頭から浴びたクロエを取り囲むように、彼らは走る。

 あとはもう、この行進に飲み込まれるだけ――。


(最後の最後に、あなたが(そば)にいないなんて……)


 送り出した小さな背中を思いながら、銃口が少しだけ下がる。

 戦意が傾いたクロエにペンギンが飛びかかった、その時――。






「姉様、伏せて!!」






 声は、頭上から。

 見上げる間もなく、防衛線を突破したペンギンを一掃するほどの銃弾の雨が降り注いだ。

 咄嗟(とっさ)に姿勢を低くして頭を防いだ視界の端に捉えたのは、新たな情報転写式具現装置(リアライズ)の光。


 そして――ペンギンの断末魔が響く戦場で、抑揚のない無機質なあの声が聞こえた。


「よく持ち(こた)えましたね、ノエル」

「…………!」


 顔を上げたクロエの前に、神聖な黒いローブが広がる。

 かつての教会での出会いが想い起こされた。


「フランチェスカ様……!」


 どうしてこの人は、いつも自分のピンチに現れてくれるのだろう。

 大きな背中を見て感極まった瞳に、思わず涙が浮かぶ。


 ペンギンの声に掻き消されてクロエは気づいていなかったが、頭上には輸送用の中型ヘリコプターがホバリングしていた。

 後席から援護射撃を続けていたミシェルもフランチェスカに続き、身一つで飛び降りる。


「クロエ姉様、無事ですか!?」


 大きなクレーターを作って着地した弟が焦った声色で駆け寄った。

 背中には複数の銃身が放射状に取り付けられた大型武装をかついでいる。


 メンテナンスはどうしたの? その武器は何?

 色々と聞きたいことはあったが、クロエはその全てを飲み込んでミシェルに抱きついた。


「ああっ……ミシェルッ!」

「クロエ姉様……間に合ってよかった」


 肩口にぐりぐりと押しつけられた頭をそっと撫で、姉の変わらぬ様子に鉄の胸を撫で下ろす。

 だが、逢瀬の感慨に浸る時間はない。


「フランチェスカ様、指示を」


 自分たちに背を向けペンギンを見渡す欧州監視哨おうしゅうかんししょう最高責任者に、ミシェルが問う。


 前方には突然の乱入者に驚き足並みを乱したペンギンが数百体。

 それを迎え撃つのはシルバーガトリングとサイボーグ二人。


「先鋒は私が。ミシェルは私のフォローを。ノエルは後方で我々が討ち漏らした敵の殲滅をお願いします」

「そんな、フランチェスカ様が前衛なんて……!」

「大丈夫です、私もまだ()びるわけにはいきません。……では、参りましょう」


 心配するクロエに淡々と告げると、フランチェスカはペンギンの群れへ瞬きの間に突出した。

 電動関節を使った俊敏な動きを得意とするミシェルさえ振り切ってしまうような、風を起こすほどの出力。

 姉弟はその人間離れした機動性を目の当たりにして、思わず息を飲んだ。


(あれが世界最古のサイボーグなんて、嘘でしょう)


 あまりの末恐ろしさに、もう一人の若いサイボーグは言葉を喉奥へ押し込む。

 彼はゾクリとした悪寒を覚えたまま、底知れぬ復讐鬼の元へ駆けた。




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