表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/43

二章 禍福得喪

 「あぁーー、眠い……」



 まだ外は暗い夜明け前、乃江のえは渋々と布団から出た。


 腫れぼったい目を細めて、顔にかかった髪を鬱陶うっとうしそうに耳にかける。


 いつものように顔を洗い、いつもの服に着替え、いつもと違う刀を手に取った。


 刀とっても大きさは三寸程で白色、縦に水色の稲妻のような模様が入っている。筆の持ちてと同じ細さと形、お重さで携帯しやすい。この状態を筒義つつぎといい、それに少しの霊力を込めると、それはたちまち刀に変貌する。


 刀になったときの刃の長さは二尺以上で反りは浅い。皆焼ひたつらの刃文のため、刃全体に網目のような模様が華やかに広がっており、むねまでも一面に大きな飛焼や湯走りがある。

 


 「翠珞すいらくかーー……。自分が見合うかどうかだな」



 翠珞は刀の名で、刀を作った刀鍛冶がつけた。なんでも、とある武神の名前らしい。ただ、漢字は知らないそうで、それらしいのを冬がつけた。


 乃江はご機嫌で玄関の戸に手をかけ、ガタガタと音がしないように慎重に開ける。無事に静かに外に出ることができ、深く息をついた。


 空は微かに黄色が広がっているが、藍色が大半を占めている。乃江は、この時間帯の空気と空の色、雰囲気が大好きでだ。



 「今日も晴れかな」







 十分程歩いて、池の柵の付近にりんはいた。髪型は昨日と違い、垂らした長い前髪以外はあの髪紐で一つに結っている。


 乃江は、捨てずに使ってくれていることに微笑んだ。



 「凛さん、おはようございます」


 「行くか?」


 「はい」



 遠いからと、道の途中で術組織が運営する店で馬を借り、何処どこまでも続きそうななだらか道をひたすら走る。


 このまま真っ直ぐ進めと促すように両端に並ぶ樹々は、太陽の光を存分に浴びて輝いている。あまりに美しく、乃江は葉の一枚一枚が宝石のように思えた。







 目的地に近づくにつれて段々と人とすれ違う回数が減っていき、ついには誰一人として会わなくなった頃、二人は集落に着いた。


 乃江は荒れ地を想像していたが、隅々まで手入れの行き届いた畑が果てしなく広がっている。そして、畑の反対側には、小ぢんまりとした家がいくつも並んでいる。


 一見いっけん、悲劇とはかけ離れているかのように思えるが、薄く邪気が広がっており、避難したのか人の気配がない。



 「誰もいない」


 「それはない。来ている」



 乃江は何をっているのかと思ったが、どうやら凛は耳がいいらしい。少しして、足音が聞こえてきた。


 奥から小走りで迎えてくれたのは、若い華奢な女性であった。



 「遅れてごめんなさい。私はここの村長を務めている小夜さよです。どうぞ、こちらへ」



 二人に名乗る暇も与えず、淡々と進めていくあたり、余程よほど切羽詰まっているようだ。


 二人は早足でついていき、案内された先は古い民家。木の温かみある雰囲気で、比較的新しい。



 「どうぞ」



 馬は近くの木陰に繋げ、小夜を先頭に軽く会釈して中に入る。


 外見からは想像できない程に中は広く綺麗で、家具は大きい机と椅子が三つ置かれているだけだ。


 これまたどうぞと促され、二人は椅子に腰かけた。乃江の隣に凛が、乃江の前に小夜が座ったところで、乃江は早速さっそく本題に入る。



 「現れたのは、鬼かご存じでしょうか?」


 「はい、少なくともみんなはそうっています。私は、実際に見たわけではないので分かりません」


 「人が行方不明になったというのは?」


 「本当です。男の子で、すごく細くて、なんか……つついただけで倒れそうな感じの子です」


 「飼われている動物が亡くなったと聞いたのですが、供養はされましたか?」


 「いえ。血は苦手ですし……。こうってはあれですけど、誰もさわりたがらないので。もう三日目で……余計よけいに難しくなってしまって」



 乃江は、邪気じゃきが漂っていることに納得した。


 このまま放っておけば、一か月と経たない内に、この集落は鬼の住処すみかとなるだろう。



 「貴方以外の住民がお見受けできないのですが」


 「六日前、隣に移ってもらいました。危ないので」


 「隣に、もう一つ集落があるのですか?」


 「あ、いえ。集落は一つですが、半分に分かれているんです。ここは西、隣は東と呼んでいます」


 「鬼はどのくらいの頻度で現れますか?」


 「私の知る限りでは、鬼が出たのは初めてです。初めて、七日前に鬼が出ました。それで、そこから頻繁に村に来るようになりました」


 「何体程でしょうか?」


 「一体……いえ、一頭? 大きい四足歩行の生き物らしいです」


 「鬼が現れる前、村に何か異変はありましたか?」


 「あります。蛇や蝶を全く見なくなったんです。あと、子供達が大切にしていた犬がいなくなりました」


 「犬が、その鬼の可能性はありませんか?」


 「ないです。絶対に。二倍以上の大きさでしたから」


 「他に、有力な情報はありませんか?」



 小夜は躊躇ためらうかのように、口角を下げて目線を逸らす。



 「秘密でお願いできますか?」


 「勿論もちろんです」



 乃江は力強く頷く。その誠実そうな様子に小夜は決意して、頷き返した。



 「私の弟の様子が最近ずっと可怪おかしくて。それも、鬼が現れたときからです。何があったのかは分かりませんが、少し調べてください。ただ、もし、あの子が関係していた場合は、その内容が良くも悪くも、ここの人達よりにも私に知らせてください。お願いします」


 「承知しました。最善を尽くします」


 「ええ、ではこれで」



 上品な仕草で小夜は早々に出ていき、完全に去ったところで、黙りこくっていた凛に乃江は意見を求めた。



 「どう思いますか?」


 「確認すればいい。見に行く」



 凛はおもむろに席を立ち、外に出て行く。


 乃江は足元に置いていた荷物を端に退けてから、焦ることなく凛の後を追った。


 二人は、辺りを見渡しながら動物の死骸を探す。家や倉庫などの数に比べて地の面積が大きく、見つけるのには時間がかかると思われた。が、異様な臭いが鼻を掠めた。


 その臭いを辿り、二人は着いた先に絶句する。二丈以上も離れているが、それでも強烈な腐臭に乃江は吐き気を覚えた。


 乃江は口元を手でおさえ、込み上げてくるものに必死に耐える。それでも目線は死骸から離さない。しっかりと漏れなく観察する。



 (炎天下に三日間も……これは、どうしたものか)



 目玉が飛び出た猫、羽根をもがれた鶏、はらわたを引きずりだされた子豚。半ば崩壊した小屋の外壁に残された無数の荒い爪痕。


 無残にも殺されてしまった動物達は全身にうじが湧き、大量のはえが周りと飛んでいる。


 乃江は虫と不潔が大の苦手で、とてもでなはいがこれ以上は近寄れない。今すぐにでもここを去りたい思いで、無表情の凛の後ろで顔をしかめている。



 「凛さん、これは……」


 「わからない。夜に確かめればいい」



 この光景は、通りかかった子供が心的外傷トラウマになるくらいには刺激が強い。大人でさえ、直視するのは厳しいだろう。



 「逢魔おうまが時だ。備えよう」



 藍色に染まりかけた空を見上げて、凛がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ