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 餓鬼の奇襲

 「それでは試験開始!!」



 張り裂けんばかりの声と共に、壊れかけていた結界が崩壊する。欠片が舞い、宙に溶ける。


 その処に香の匂いで集まっていた鬼が一斉に襲いかかってきた。


 幸か不幸か、乃江の位置はすぐ傍が崖になっており、寄って来た鬼が文字通り降ってくる。



 (はやっ)



 階級にもよるが、鬼の身体能力は人間を遥かに上回る。体力に底がないのは当然として、失った部分を再生できるモノもいれば、異能を持ったモノもいる。故に初の実戦の今、少しでも気を抜いたものなら死の一択。


 乃江は素早く抜刀し、鞘を邪魔にならない場所へ投げ捨てる。


 飛びかかって来た鬼の胴体に横腹から刃を入れ、真っ二つに斬った。べじゃりと、決して良いものではない音を立て塊が地面に転がる。これは生前の想いから成った鬼らしく、中はどす黒い邪気が詰まっている。



 (まずは一体)



 次に休む暇もなく、背後から首を狙った攻撃がくる。軽く真下をしゃがみ、それを弾機に隙だらけの腹を裂く。これもまた、音を立てて転がった。


 開始数秒、乃江は二体の鬼を倒した。


 悲惨な地面を目にして、ふと疑問が浮かんだ。



 (なんで?)



 あまりにも手ごたえがない。それなのにも関わらず制限時間は長く、斬らなければならない数は少ない。毎年、必ずと云っていい程に不合格者は出ている。


 割り切れない違和感はどこからだ。


 試験官の説明からか。地面の区切りからか。男との出会いか。



 (一旦整理しよう。凛さんに不審な点はない。強いて云うなら、試験官とどこか似た服装くらい。そういえば説明……班でなんて云ってたっけ)



 違和感の謎が解け「なんだ」と思わず口にだしてしまった。幸い、皆は自分のことに夢中で乃江の言葉など雑音にもなっていない。



 (線のことも、越えてはだめとか云われてない。てことは、ただの罠か。いや、罠ですらない。勝手に勘違いして勝手に自滅の道に進んでただけか。あっぶな、僕めっちゃ馬鹿だ)



 解決した故に考え事は止めにして、目の前のことに集中する。昇級は甘くない。


 現にまだ七分くらいしか経っていないが、すでに体力は三割も残っていない。鬼の少ない場所で上手く休みながら続けるのが得策だろう。



 (元々、霊力だけで乗り切ってきたからなーー。仇になったかな)



 「ゔ あ゛あ゛ぁ゛ぁ!!!」



 突然の、死がすぐ隣にでもあるような絶叫に、乃江は眉間に皺をよせる。


 どこか傷を負わされたのかと軽々しく流すも、その声は力がなくなっていくばかりで絶えはしない。


 どんな大事か気になり、目の前にいる鬼を数体倒して声の方向へ目を向けた。様々な意味で酷い光景に、乃江は目を大きく見開き息をのむ。



 ようが、地面に這いつくばって餓鬼がきから逃げている。


 餓鬼は、ただ楽しそうに逃げる燿を見ている。子供が、虫を踏み潰したり四肢をちぎったりして遊んでいる姿に重なる。



 (うわぁ……砂まみれじゃん)



 一瞬同情したものの、乃江は軽蔑の眼差しに切り替わる。


 ただただ必死に、逃げようと震えながら這う燿。涙と鼻水を垂らして、助けを乞うように周りに視線を向けている。そのときに漏れる涙声が一層、無様ぶざまさを引き立てている。


 初めて見た、本当に本人かどうかを疑う格好に意識を持っていかれていたが、次第にことの重大さに気づいてきた。



 「まだ未明みめいじゃないのにね」



 餓鬼の階級は下から三番目だが、術を使うことが禁止され刀しか持たない今、それは紛れもなく強敵だ。


 助けに入らないのかと試験官を見遣る。試験官は緊迫した状況をじっと観察している。


 餓鬼の出現は意図的なものか。



 (腕力ないからな、術なしでの戦闘は避けたい)



 周りはというと、試験官と同様で誰一人として助けようとする者はいない。評価が上がるとはいえ術を使えないなか、下手に手をだせば負ける可能性が高い。何より、線を越えれば失格になるかもしれないという不安が勝っている。



 (あっ)



 乃江の視線に、餓鬼は標的を変えた。


 乃江を目掛けて真っ直ぐと向かって来る。全身に真っ黒の炎を纏い、目から赤黒い血を流した子供の鬼が。



 (うわーー、まずい。まずいまずい)



 餓鬼は乃江にジリジリと迫ってき、三間程前でピタリと停止した。かと思うと一気に距離を詰めてきた。



 「ーーっ!」



 電光石火の如く、凄まじい速度で腕が振り下ろされる。何とか反応して辛うじて受け止めるも、勢いに負けて後ろに倒れる。打った背中が痛い。


 歯を食いしばり、餓鬼を押し返そうと奮闘する。だが、位置も力も餓鬼に敵うものはなかった。



 (遊ばれてんな)



 餓鬼は燿のときと同じように、ニタニタと気味悪く笑って虫を潰そうとしている。だが、その虫があまりにしつこいものだから、すぐに手加減をやめてしまった。


 急速に押されていき、刃が鼻ぎりぎりまでにくる。いつ血が流れても可怪しくない状況。突然、腕が軽くなった。



 「えっ」



 餓鬼がきえた。


 このときの感情は驚きを通り越して驚愕。


 あの男が、凛が、餓鬼をぶっ飛ばしていた。


 それは腕力でも刀でもない、呪符である。



 (確かに説明では何にもわれてなかったけど……!! いいの? だめでしょ。え、これ失格になったりしないよね? 大丈夫だよね? ……そもそもあの人って、一般の受験者だっけ)



 戸惑って立ち尽くしていると、すぐに鋼同士がぶつかり合う音がした。凛が戦っていることを思い出し、すぐに体勢を立て直す。


 彼の邪魔にならないように刀を振るうが、その攻撃は全てかわされかすりもしない。


 だが、焦ることなく、乃江は慎重に餓鬼を観察する。むしろ、反応を知るためにわざとあてないようにしていた節がある。


 こういう時に死ぬのは、間違いなく冷静さを欠いた者だ。



 (左の反応が右よりも遅いな。右半身ばかり使うし。……やっぱり、どんな体勢でも右を使う。これは、左目左腕は機能してないな)



 試しに右から左に移動して餓鬼の左目を狙う。すると餓鬼は左後ろに回るようにして、死角に入るのを阻止した。



 (あーー、やっぱり。左から一気に背後とる? でも、前置きなしにやったら迷惑かかるか。伝える? 今? そんな余裕ある? いや、いけるか。このままだと埒が明かないし)



 作戦を伝えようと凛との距離をできるかぎり詰める。



 「乃江」



 先に凛が口を開いた。



 「ひきつける」


 「はい」


 「背後、首、れ」


 「はい」



 凛は乃江を一瞥し、取り乱していないかを確認して餓鬼に真正面から突っ込んでいく。


 予想の範疇を越えた凛の無謀な行動に、餓鬼の動く速度が僅かに落ちた。その隙に乃江は餓鬼の視界から外れる。そこから姿勢を低くして素早く左から背後に滑り込み、餓鬼の背を浅く斬りつけた。


 流石は餓鬼だ。


 激しく空気を震わす咆哮ほうこうと共に、構える暇なく鋼の腕が来る。だが、それは振り下ろされることはない。凛が見事みごとに餓鬼の腹に刀を貫通させている。


 餓鬼の動きが完全にとまり、乃江は瞬時に首を斬り落とした。餓鬼の身体は地面に崩れ、開いた口からは悲しいうめき声が漏れている。



 「ありが、と、ございっ、ました」


 「あ、あぁ」



 短い時間とはいえ、苛烈な格闘により、互いに息が上がっている。


 呪符について凛に聞こうとしたが、本来ここにいてはいけないであろう凛はすぐに自分の持ち場に走り去っていく。その凛の背を見送り、乃江も呼吸を整えて戦いに戻った。







 「止め!! 刀を仕舞い試験官に続け」



 三十分が経過し、主導者の試験官が声を張り上げる。


 乃江は目の前に鬼がいたが鞘を拾って刀を仕舞い、退散する。扉に一直線に向かっていると、試験官は残った鬼を狩り始めた。


 目深く制帽をした女性試験官が、乃江を追いかける鬼を見つけて呪符を飛ばす。乃江は呪符を目で追って振り向いた。一瞬で灰になっていく鬼を見た。



 (火炎術か)



 試験官と目が合う。


 瞬時に目を逸らす。


 試験官は、独特の何とも云えない雰囲気を纏っていた。


 







 試験官に指示されるがままに班ごと縦一列に並ぶ。


 しばらくして、試験官七人が前に出てきた。そのなかの、主導者ではない貫禄ある試験官が話し始める。



 「これより、試験結果を発表する。まどろっこしいのは嫌いだ。簡潔にいく」



 受験者の大半が目を輝かせている一方で、乃江は俯いて祈るかのように目をきつく瞑る。



 (凛さん、大丈夫だよね。合格だよね。これで不合格だったら僕の所為だよね。どうしよ、とてもじゃないけど責任とれない。てか、どんな顔すればいいのか分かんない。謝罪して済むものじゃないし。自害? 僕の死に価値ないか。和解金、何百万で足りるんだろ)



 「不合格、れん!」



 一人の名前が呼ばれた途端「は?」という声が口々にあがる。これには、興味のない乃江も思わず反応する。


 だが、試験官はそんなことは気にも留めず、話し続けた。



 「昇格者は、羽瀬はせ、凛、乃江、以上だ。三人は左手に立つ試験官から。他は、自分の列の前にいる試験官から受け取れ」



 あまりにも堂々とする試験官に、何人かの堪忍袋の緒が切れた。



 「話が違うじゃねえか!!! なんで俺だけだめなんだよ!? おかしいだろっっ!」


 「嘘はどうかとおもいまーーす」


 「試験官たる人が恥ずかしくないんですか?」



 意見は次第に罵声へと変わっていき、辺りはあっという間に騒がしくなる。


 乃江は耳を塞ぎ、眉間にしわを寄せる。数歩後ろに下がって、静かになることを待った。だが、静かになる気配は一向にない。誰かが止めにはいったが、その声は掻き消された。


 試験官の苛つきが次第に高まっていくのが分かる。


 座学で先生となる人が話しているなか、ずっと喋っている人がいる。先生は話すことを中断して、友達と喋っている人達をじっと見る。それでも何故か気づかない生徒に怒る、この流れに似ている。嫌いだ。見ていて酷く苛々する。



 (真面目にやればよかったのに)



 不合格を云い渡された受験者が前に出た。刀を抜き、霊力を込め始める。そのことに対して他の受験者はとめるどころか、その行為を後押しする言葉をかけた。場の雰囲気が高まっていき、もう手に負えない。これもまた、いじめと似ている。



 「規則、違反」



 凛とした声が耳に届いた。だが、後ろに受験者は並んでいない。



 (うわ、あの人終わったな)



 後ろから、あの女性試験官が現れた。手には呪符を持っており、その呪符には恐ろしい量の霊力が籠められている。あれが腹部に当たれば臓器の破裂は確実だ。治癒術を使ったとして、最悪の場合は重い障害が残るだろう。


 乃江は懐から手巾をとりだし、それに包まれた耳飾りをつけた。



 「処罰」



 呪符が、刀を振りかざす受験者に飛んでいく。その呪符を霊力で包んだ。ついでに刀も氷塊を飛ばして阻止しておいた。


 火炎の性質をもった霊力とぶつかり、火炎と氷は互いに力を打ち消し合う。そして最後は、氷と火炎の霊力は宙に消えて呪符は原型のない状態で地面にはらりと落ちた。


 秒で耳飾りを外して仕舞い、何事もなかったように澄まし顔。


 女性試験官は今起きたばかりの出来事に目を点にし、試験官に視線を送る。それに気づいた試験官の一人が首を横に振った。



 「…………何故なぜ、努力もせずに褒美が貰えると?」



 貫禄ある試験官が殺気の籠った声で睥睨へいげいし、場が凍る。その放たれた正論に、皆が口をつぐんだ。そしてその間、氷術の使用がバレないか、一人またしても祈っていた。ずっと場違いである。



 「恨むなら己を恨め。我々は励む者を評価する。分かったなら早くしろ」



 大多数が腑に落ちないまま試験官の元へ行く。


 たくましい手から乃江に渡されたのは、藤色の鈴だった。



 「次に鈴の説明だ。それは己が術士であること、その階級を示す大切なものだ。任務の時は必ずつけろ。九階級ある。最も低いはらく、灰色。れい、白色。いち浅葱あさぎ色。、藤色」



 掌に乗った鈴の色を確認する。弐で間違いなかった。



 「さん、瑠璃色。よん、青竹色。、梔子色。上級色のろく、琥珀色。かい、猩々緋。りょう、漆黒。ちなみに寥は二千人中、八人しかいない。貰った物は色に見合う行動をしろ。以上だ。解散」



 人生かかった試験を合誤った少年は、後悔で泣き崩れている。だが、誰も声をかけようとはしない。むしろ、惨めだとひそひそ笑っている。



 (人間こわ。帰ろ……)



 「いっ……!」



 何の前触れもなく強い力で肩を掴まれ、後ろによろめいた。



 「待ってください! どうしてこいつが藤色なんですか!?」



 燿に半ば引きずられて、試験官の前に駆りだされる。その様子に、その場にいた試験官全員が燿を批判する反応をした。


 痛みよりも、人前で注目を浴びせられた恥ずかしさが断然勝っている。これならば、零でよかったと思う程だ。



 「それは嫉妬か? お前は零。乃江は藤色。分からないのか?」


 「それは餓鬼を殺したからですか!?」



 試験官は呆れた様子を隠そうとせず、溜息をついた。



 「そうだが」


 「あれは呪符を使っていました! 違反しています」


 「……黒は試験官の象徴。受験者で優秀な者を一人選び、何かあった場合に対応する者がいる。我々は何があっても手出しはできないからな。よって違反ではない」


 「でも! 線を越えていましたっ。それは違反です!!」


 「だったらなんだ」


 「は?」


 「だったら、なんだ」



 試験官の思わぬ返しに、燿はぽかんとして固まった。



 「あれは強さを見たのではない、度胸をみたのだ。それをなんだ、おまえは叫んでうずくまっていたではないか。おまえが弐なら、乃江は寥だな」



 最後は鼻で笑われ、燿は納得がいかんとばかりに、不快な音をだして歯ぎしりをする。



 (試験官、勘弁かんべんしてくれよ)



 燿の歯ぎしりは、殺される一歩手前。


 燿の手をそっと振り払い、無駄口を叩く人を避けて門へ一直線に走った。冷汗を拭い、ひたすら来た道を返す。そして山に入ったとき、足に軽い違和感を覚えた。



 「うわぁ……」



 足首が燃えている。火炎術だ。だが、その火炎術は赤子のような弱弱しいもので、痛くも痒くもない。


 耳飾りをつけるだけで、その火炎術は消えてしまった。


 相手としては焼き殺すつもりで行ったものだが、感情が制御ができておらず霊力を上手く扱えていない。



 「はぁーー……可哀想」


 「口の利き方がなってねぇなぁ」



 突然、背中に強烈な衝撃がした。突き飛ばされるのとでは次元が違う。


 あまりにも急なことに受け身をとれず、石が大量にある地面に乃江は身体を打ち付けた。石はなかなかの攻撃力をもっていた。


 試験が終わったからと気を抜いてしまった乃江の落ち度だ。

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