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 痣、三日目

 「つまり、生きられないと……? 治す方法はないのですか?」


 「あります。大半のものは原因となった鬼の対処。または霊力を流して邪気を相殺します。ですが、邪気の量よりも霊力を、ほんの僅かでも多く誤れば危篤状態に陥ります。何より膨大な時間を要します」


 「腕が立つのではなかったのですか」



 使用人である女性は、無情にも云い放った。立花はすぐに女性を制すが、女性は顔色一つ変えずに乃江が答えるのを待っている。


 乃江は一呼吸おいて「その言葉に偽りはありません」と言い切り、言葉を続ける。



 「先程申し上げたように、霊力を多く入れると危険です。私は、立花様にふれることさえできません」


 「では、そちらの方は?」


 「彼は……申し訳ございません。単刀直入に申し上げますと、私達はお力になれません」


 「…………」


 「痣が双子だからです。もう一人、痣を持っている方と力が連携されており、二つ同時にでないと片方が命を落とします。お時間をいただけるのであれば、鬼かもう一方を探して対処いたします。ただ、早急な対応を望まれるのであればお申し付けください。再度術士を手配いたします」



 立花は顔を伏せて暫く黙った後、ゆっくり目を開けて微笑んだ。



 「いえ。私と、もう一方をどうそお願いします」


 「……承りました。最善を尽くします」



 交渉が成立した。


 乃江と立花は微笑んでいるが、凛と彩葉は仏頂面。立花は乃江を信用できると判断したからのことで、乃江は謎の自信があるから。凛と彩葉は、大きな不安と僅かな希望で葛藤している。



 「もう宿はとられましたか? よろしければ、空いている部屋がありますので使いませんか」


 「お心遣い感謝します。ぜひ」



 立花は頷き、彩葉に目線を遣る。彩葉は、お案内しますと云って重い腰を上げた。目だけで会話できる二人に感心して「すご」とこぼした乃江だが、その隣で凛は「君もだよ」と声にださずに突っ込んだ。





 「こちらのお部屋をお使いください。暖炉は今火をつけたばかりなので、部屋が暖まるのにお時間かかります。それでは」


 完全に旅館に泊まりに来た気分の乃江はにこにこで居心地の良い部屋づくりを開始する。


 壁際にずらした机に、懐に詰めてきた財布や鈴、手袋などを広げる。襖をあけて押し入れから布団を取りだして寝床の準備。因みにだが、凛は乃江が部屋をつくり始めたときに用事があると云って出て行った。



 「あ~~……あったかい」



 乃江は暖炉の前で、薪をくべながら手をかざして身体を温める。霊力を身体に流して温めていたが、立花の痣が分かってから消していたため、手は黒紫になっている。



 「いざってときに刀持てなかったら笑えないもんね。んーー……どうしよ。餓鬼の場所の特定と、その餓鬼の邪気を凛さんに探知してもらって、それを狩ってもらって……って、凛さんに頼り過ぎか」


 (うん、真面目に考えよ。もし見つけられなかったら、そのときは勿論片方の命は救うよ? だってわざわざ両方を犠牲にする必要はないからね。でもするのは凛さんだし、凛さんに人殺させるようで申し訳ないし。かと云って、僕にできることなんてないな)



 「考えごとか?」


 「あ、おかえりです」



 凛は、暖炉の前にしゃがみ込む乃江の隣に腰を下ろした。その表情は少しばかり元気がない。



 「顔色、良くないですね。どこか具合悪いですか?」


 「……よく分かったな」


 「分かりますよ。明らかに良くはないですから。何をされていたんですか?」


 「あの人は、霊力が少なかったから、分けてきた」


 「今、流しているということですか」


 「そういうこと」


 「それなら私が……したらだめなんでした。ありがとうございます」


 「あと、餓鬼の場所を絞るために話を聞いてきた」


 「え、ありがとうございます! どのような話を?」


 「数十年前、少し離れた場所で子供の連続殺人があって慰霊碑がつくられたこと。ある耳飾りを買ってから不運が重なるようになったこと。鬼に会った日にその耳飾りをつけていて、人と会いに行っていたこと。その人とおそろいで耳飾りを買ったこと」


 「……今、情報量と凛さんがたくさん喋っていることに驚いてます。嬉しいです」


 「他人との会話が得意ではないだけ」



 (そっか、よかった。もう他人じゃないんだ。仕事仲間くらいにはなれたのか)



 「もう少し温まるか?」


 「いえ。行きましょう」



 凛は玄関の壁に立てかけている傘をとって広げる。乃江は傘は差さず、手袋すらつけていない。服も軽さ重視のため薄く、春のような格好をしている。



 「寒くないか?」


 「今はあったかいですよ」



 乃江の頭と肩に雪がパラパラと降っている。凛は乃江の隣に下がり、傘の下に入れた。乃江は嬉しそうながらも、申し訳なく思っているだろう。



 「ありがとうございます」


 「うん」


 「左肩、濡れてますよ」


 「君も、右濡れてる」


 「僕はいいよ」


 「よくない。……あと、悲報がある」


 「なんですか」


 「あの痣は強い。霊力が殆どもっていかれる」


 「動けなくなっても、大丈夫です。むしろ今回は凛さんに頼ることが多くなるので丁度いいです」


 「助かる」


 「因みに、今、何処に向かってるのか知りたいです」


 「みぎわ家。耳飾りと、鬼を見たか聞きに行く」


 「なるほど」


 「あと、汀の前では、立花たちばなの名前はださないでほしい」


 「何故?」


 「いずれ分かる。呼ぶのなら立花たちばなではなく、立花りっかと呼んでほしい」


 「…………今、頭のなかで複数の考察があがってるんですけど、どうすればいいですか」


 「そのまま抑えといてくれ。できるかぎり自然に頼む」


 「了解です」



 凛は傘を地面に向けて積もった雪を落とす。閉じて雪に刺して壁にもたれさせるように置いた。乃江は立花家と同等の立派な家に戸惑い凛の後ろに隠れている。だが、人を呼んだり、人と話を進めるのは乃江の役目だ。


 乃江は頭を仕事状態に切り替える。微笑みを浮かべ、心を無にする。戸を軽く叩き、「すみません」と声を張った。


 ドタドタと騒がしい足音が聞こえ、戸が物凄い速度で開けられる。そばかすが印象的な女性が、肩で息をしながら顔を出した。



 「どなたですかっ!」


 「えっと……術士の者です。十分程お時間よろしいでしょうか?」


 「今はーーっ」



 家のなかから、机でも倒したかのような音がした。続いて複数の怒鳴り声がして、修羅場であることが想像つく。



 「えーーと……こんな調子なもので、自己責任でいいならお通しできますけど……」


 「お願いします」


 「分かりました。ではどうぞ」


 「失礼します」



 一歩歩く度に大きい音と声が耳に響き、乃江は肩を跳ね上げるも好奇心が湧いてきた。特に怯むことなく、音の発生源まで到着。


 部屋のなかは大惨事だ。


 障子は破れ、襖には豪快な穴があき、割れた花瓶の破片が床に散乱している。その危険な床を素足で踏んでいる暴れている人と、その人を取り押さえようと三人の女性が必死になっている。



 「汀様っ、お客様が! 来られましたのでっ……!!」



 一人の女性がそう叫び、その声で乃江と凛に目を向けた一人の気が緩んだ。三人は振りほどかれて、汀こと猛獣は脱走する。


 この状況で流石に通せるはずがなく、乃江は両手を広げて通せんぼした。



 「どけ」


 「申し訳ございません。お時間いただきたく存じます」



 汀は乃江の腕を掴み、折る勢いで力を籠める。乃江は引きつった笑みで、あいた片方の手で汀の胸ぐらを掴んで引き寄せた。



 「汀様、お元気そうで何よりです」



 汀は幽霊でも見たかのように、乃江の腕を放して後退った。だが、またもや出て行こうとする。乃江はその前に立ちはだかり、小さい声でゆっくりと話しかける。



 「術士の者です。立花りっか様と鬼について、汀様にお聞きしたいことがございます」


 「……あ?」


 「今からこの場で押し問答、よろしいですか?」


 「…………」



 汀は前髪を掻き上げ、眉間に深い皺を刻んだまま部屋に戻る。ひっくり返った机の奥に、座布団を引き寄せてその上に胡坐をかいた。



 「失礼します」



 乃江は床の物を何もないかのように自然に避けて、障子と襖の紙、その他を軽く払ってから腰を下ろした。礼儀正しく背筋を伸ばし、目線はまっすぐに正面を向いている。


 見兼ねた女性達はこれでいいのかとおろおろしているが、あのそばかすの女性と凛は気にする様子なくそれぞれ隣に腰を下ろす。



 「あの……お茶をお持ちしましょうか……?」



 そばかすの女性も汀も答えない。


 不憫に思った乃江は三人の女性に向きなおり、にっこりと微笑んだ。



 「いえ。お構いなく。もしよろしければ、そちらの戸は閉めていただけると助かります」


 「あ、はい……」



 乃江の笑顔から狂気を感じ取り、三人は静かに消えていく。背後に人がいなくなり、乃江は幾分か楽になった。

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