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 花魁道中

 二時間ごとに目が覚めて、あまり眠れず乃江は身体を起こした。


 まだあの二人は戻っていない。隣には眠るりんだけで、昨夜の出来事が全てまやかしのように思える。



 「……幻覚だったのかな」



 乃江は布団を畳んで端に寄せる。しばらくは壁に寄りかかってじっとしていたが、どうにも落ち着かずに部屋を出た。


 宿を一階から二階まで徘徊し、あの二人がいないか確認する。客一人として遭遇せず、何処どこもかしこも異様な程に静まり返っている。満室になる程に客がいるにも関わらず、いびき一つ聞こえない。



 「あ、起きたんだ」



 部屋に戻ると、凛が布団の上で胡坐あぐらをかいて座っていた。ぼーーっとして髪も乱れており、まだ寝足りなさそうである。



 「まだ、寝ててもいいのに」



 凛が首を横に振る。いつもキリリとしている分、その様子が可笑しくて思わず笑った。



 「早めにここを出たいんだけど、いいですか?」


 「ん」



 こくりこくりと舟をこぐ凛の髪を結び、忘れ物がないかを確認する。持ち物が全てあるのを確認して部屋を出た。


 宿は相変わらず静かで、何だか不気味である。それでも外に出れば綺麗な空が広がっている。そして、見覚えのあるあの二人が立っている。


 琥珀こはく久久くくがそれぞれ馬を連れて立っている。



 (幻覚じゃなかった……)



 「二人共おはよ!」


 「おはようございます。……これからどちらへ?」



 琥珀は白い歯を見せてにやりと不敵な笑みを浮かべ、なにやら丸められた紙を取りだした。琥珀こはくはその紙を広げて指を差す。地図だ。



 「ここが現在地ね。で、ここから……ここまで!」


 「……結構な距離ですね」


 「そうなんだよね~~。だから、思ったより時間がなくて待ってたってわけ。二人はこの馬使って」



 そうって琥珀は己の隣にいる馬の背中を優しく撫で、手に括り付けてもっていた手綱をそれぞれ差し出す。二人はそれを受け取り、馬を見遣る。乃江の馬はさらさらの茶色の毛並みで、大きく強そうだ。


 久久と琥珀が馬に乗り始めたのを見て、二人も乗り込む。凛は白色だ。



 「よし準備完了。出発しんこーーう!」



 前の二人の馬が動き始めてから、乗っている馬に走る合図を送る。


 この馬は賢く、すぐに走り始めた。前の二人を追うように、何も指示しなくても速度をあわせてくれる。快適な移動になりそうだと思った。が、それからというもの休むことはなかった。


 まともに馬から降りることができたのは、朝から夜まで移動を続けて数時間後。目的地の到着時だ。



 「んーー……ま、ここでいっか!」



 琥珀の提案で、人目見に付きにくい茂みの樹に馬を繋げて留める。盗まれないのかと心配して乃江は聞いてみたが、琥珀は盗人が死なないかが心配だと答えた。



 「乃江のえ君とりん君は、扇子かお面か何か顔隠せる物は持ってる?」


 「私は持ってます」



 凛は首を横に振る。琥珀は黒色の上品な扇子を取りだして、凛に差し出した。凛は軽く頭を下げて、それを受け取る。



 「これから向こうに行くわけだけど、私と凛君、乃江君と久久に分かれての行動ね。二人共、絶対に顔を見せたらだめだよ。声をかけられても、振り向いたらだめ。肩を掴まれたり、手を掴まれたりしたら、殺す以外で振りほどくなりしてね。あと、治安悪いから盗人に注意して。ちなみに私は、ぶつかられて気が付いたら財布さいふられてたよ。奴らはおっかない」



 余程よほど、過去に悪い思い出が多いのか表情が本気だ。顔色が青くなったり赤くなったり忙しい。



 「乃江君は何か異変があれば、思い違いだとか考えずにすぐに久久に報告して。絶対に一人にならないで。乃江君一人になったらおわるよ。ほんとに。死ぬ」



 琥珀は真剣な面持ちで話し終えると、にこりと笑い、早速さっそく凛の腕を引いた。



 「終わったらここ集合ねーー!」



 琥珀は歩きながら残る二人に大きく手を振り、凛を連れて茂みから出て行く。


 残った久久とは微妙な空気が流れた。べつに自分が悪い訳ではないが、謎の申し訳なさで今にも謝ってしまいそうである。ひたすらに謝罪して頭を下げたい。



 「……あのーー……」



 久久が乃江を一瞥する。


 鋭く凛々しい目にドキッとした。


 久久は、馬に乗せた少ない荷物から、紐を取りだす。黒色で太過ぎず細過ぎず。何かを吊るすための物だろうか。



 「手、だして」



 久久が喋った。



 優しい低めの透き通った声だ。


 これで歌ったものなら、一夜で難なく三日分の生活費は稼げるだろう。口数が少ないのは、非常に勿体ない。


 乃江は久久の声に魅了されつつ、取敢とりあえず右手を前にだす。すると久久は己の左手首と結んで繋ぎ始めた。はぐれないようにするためなのだが、はたから見れば異様な光景だ。



 「顔、扇子」



 繋ぎ終えて強度を確認した久久は、使える右手で扇子を取りだし華麗に開いて顔を覆う。その様子が、靡く長い前髪から覗く綺麗な目と相まって様になっていた。



 「前だけ向いて」



 乃江が顔を隠したのかを確認して、久久はそれだけってゆっくりと歩きだす。


 茂みから出て、提灯で照らされた賑やかな方向に足を向ける。近づくにつれて人は多くなり、酒の匂いが濃厚なものとなってきた。



 (酒くさい。てかうるさい。こういう雰囲気は好きだけど、人混みとか臭いとか酔いそう、気持ち悪くなってきた)



 周りを囲むのは華やかに着飾って化粧をした若い女性と男ばかり。至る処に格子の檻があり、そこにはたくさんの女性が座って微笑んでいる。


 鬼関係でなければ一生訪れることがなかってあろう場所。何事も経験するに越したことはないと乃江は考えているため、この景観を知れてよかったと思う反面、やはり残酷だなとも思う。



 「そこのお方」



 斜め後ろから声がした。



 「? はい、なにかーー」



 無意識に振り向こうとして、つながれた紐が、グッと強く引っ張られる。それで琥珀と久久に云われたことを思い出した。


 慌てて前を向き、無理があるだろうが声に気づかなかったふりをする。


 同じ人にまた何回か声をかけられたが全て無視し、諦めたのか声が聞こえなくなった。


 現在、乃江は罪悪感に殺されそうである。




 それから十分後、久久は比較的人が少ない場所を指差した。その方向の先には長椅子が置かれている。



 (助かった。やっと休憩できるんだ)



 乃江は椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。扇子を少しばかり顔から外し、痺れた腕を軽く振ってほぐした。



 「久久さん、申し訳ありません。説明を求めます」



 久久は乃江を一瞥。目があった。



 「あの時、積まれていた遺体の九割はここで働いていた。失踪した時期を調べると規則性があり、今晩に被害がでる確率が最も高い」


 「失踪者はどのくらいの期間で何人ですか?」


 「三か月で十四人」



 (あぁ、なるほどね)



 琥珀が殺し過ぎたといっていた意味が理解できた。


 だが、再生して間もない鬼にしては少なく、たった十四人で済むはずがない。最低でも一日に三人は喰わなければ飢餓状態だ。六日で一人では、到底足りず灰になるだろう。


 ということは、再生してからかなりの月日が流れているか、他の地域を荒らしているのか。皆目見当もつかないが、後者の可能性が非常に高い。もし、そうであった場合は、力など遠に取り戻してつけている。下手をすれば今の階級は参の上だ。



 「来た」


 「えっ」



 久久はすくっと立ち上がり、すたすたと歩き始める。


 手首が繋がれているため、乃江は強引につられていかれる。危うく椅子から落ちるところだった。



 (なにこれ)



 よく見れば、人々が真ん中の道を開けて、両端に並んでいる。そして全員が何かを待ちわびるような様子で右側を凝視している。


 愉快な笛の音と声、鈴の音が高らかに響く。


 久久は辛うじて空いている場所に容赦なく割って入り、紐をぐっと引っ張って乃江を己の隣にこさせる。後ろと横から舌打ちが聞こえた。



 (申し訳ない。ほんとに申し訳ない。やばい。精神的負荷ストレスで死にそう。殺される。イライラと申し訳なさで死ぬ)



 並んでから暫くし、行列がやっと二人の目の前に来た。


 提灯と傘を持って練り歩く人のなか、最も注目を浴びているのは高下駄を履いた女性。華やかでありながら暑そうな着物を着こなし、異様に大きいい帯を前で結んでいる。頭には何本もの簪がささっており、全体的に重そうである。


 笑みをたたえたままの高下駄の女性に皆が目を奪われるなか、乃江は後から現れた女性が目にとまる。そしてそのまま彼女に釘付けになった。


 可愛いよりかは美しい顔立ちで、愛想はなく澄ました表情。妖艶な着物を器用に気崩して、花魁に負けず劣らずの美貌と雰囲気だ。だが、惹かれたのは容姿ではない。彼女は夥しい量の邪気を胸真ん中から放っていた。



 「あの方ですか?」


 「今晩に迎えが来る」



 久久がった迎えとやらが、何を指しているのかは容易に想像ができた。


 対象の人物を確認した久久は、人混みから抜けて行列が向かう方向へと足を進める。事前に調べていたのか、見るからにここらで最も大きい建物の近くで足を止めた。そして行列が来るまでは、ただ立って待つ。



 (何もできないのってこんなにいらつくもんなんだ。ああああ、せっかくこういうときのために書があるのに。……いいように考えよ。もし、いいところまで読んだら、他のこと考えられないし。結末悪かったら、それ引きずって気分下がるし。いや、もう十分に精神最悪なんだけど)



 待つこと数十分。行列はようやく建物のなかに入っていた。


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