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 水鬼の襲来

 桃香ももか乃江のえが隣に並ぶまでじっと待ち、乃江が前に出てから斜め後ろをついて歩く。


 乃江は人に背後に立たれるのが苦手で、常に人の後ろにいる。そのためか、どうも落ち着かず不安になった。



 「……どうしました?」



 歩く速度を落とし、桃香の後ろに行こうとする乃江に、桃香は乃江の顔を覗き込む。



 「すみません。前に立つのは慣れていなくて……後ろに行かせていただきます」


 「!! それは……私の配慮が足りずに、すみません……。てっきり、後輩は先輩の後ろを行くものだとばかり……」


 「ああ、いえ! それはあっていると思います! ただ、これは私の性質のようなものでして、全体が把握できないと不安になるんです」


 「なるほど。そのような考えが。では、前を行かさせていただきます」


 「ありがとうございます。助かります」



 (よかっったあああ!!! でもほんとに先輩呼びはなんか……申し訳ないっ! こんなんが先輩呼びされていいのか不安になる。むしろこっちが先輩呼びするべきでは? というか、同期だというべき? でも、それだとなんか階級を短時間であげたみたいな皮肉になるかな!? 普通に苗字がいい……)



 乃江がごちゃごちゃと余計なことを考えている間に、桃香は数ある場所で障害物がなく浅そうなところを選んだ。



 「ここはどうですか?」


 「いいですね。広々としていて遠慮なくできそうです」


 「ちなみになんですが、どうして川を調べるんですか?」


 「滝と川では知ることができるものが別です。川では、水鬼の数と強さと何処から来ているのかを調べます」


 「船を借りますか? それとも術を使いますか?」


 「船が好ましいですね。許可はいただいているそうです。壊したとしても上が弁償してくれますので」


 「分かりました」



 桃香は二人が余裕で乗れる大きい船の固定器具を外し、拝借する。それを乃江は、水に浮かべて壊れていないことと強度を確認し、乗り込んだ。



 「三好さん、来られますか?」



 桃香は震えながらにうつむく。乃江は、桃香は滝方面に行かせるべきだったと、桃香に心の中で詫びた。


 乗れなくても仕方がないと思い返事を待つ。が、予想に反して桃香は強気だ。



 「乃江先輩と頑張ります」



 乃江は驚いたかのようにわざと目を見開いたあと、彼女の頑張りに口角を上げた。


 乃江の桃香の第一印象は、ただの女の子だったが、それは偏見であった。断ることもできただろうに、乗るという判断をした。



 (立派な術士だな)



 乃江は、桃香に向かって手を差し出す。桃香はその手を取り、船に飛び乗った。



 「迷惑、かけるかもしれません……」


 「大丈夫です。むしろ、私の方がお世話になるかもしれません」



 船は漕がずに、流れに任せる。そのまましばらくは進むつもりだったが、浅瀬から真ん中に出てわずか数秒後に異変は起こった。


 船が沈んできている。まだ一寸程だが、この速度では五分と経たずに沈没するだろう。



 (ここで船から降りて確認するのは危険か。かと云って船を戻すことはできないよな。今、必要なのは最悪の事態を避けること)



 「桃香さん、申し訳ありませんが、術を使って土の場所に着地することは可能ですか?」


 「あっ……私、やっぱり邪魔でした?」



 乃江は何とうのが正解なのか分からず、言葉に詰まった。正直に船のことを伝えれば、彼女は降りないかもしれない。だが、肯定すれば傷つくのは確かである。


 乃江は困って愛想笑いをしていると、ミシッと嫌な音がした。


 これは、沈むよりも壊れる方が先だ。


 乃江は素早い判断で風術を起こし、桃香を地面に向かって飛ばした。彼女はそれを瞬時に理解すると体勢を整え、危うげなく着地する。



 (さて、どうするか……)



 船が傾き、バキッ!!!! と考える間もなく船は壊された。


 真っ二つに割れ、そこから青白い手が伸びてきている。生きた者ではないことは、誰の目から見ても明らかだ。


 この水鬼は、船を沈めるために裏側に張り付いていたのだろう。



 「先輩!」



 悲痛の叫び声が聞こえたが、もう遅い。既に五つの手に足首を掴まれている。その力は凄まじく、振りほどくのは幾ら何でも無理だ。



 「大丈夫です!!」



 乃江は翠珞すいらくに霊力をめ、刀にする。


 そして付近にいる水鬼を見える限り斬り倒し、半ば自ら潜りに入った。



 (こりゃ、帰ったらすぐにお風呂だな)



 ここで注意しなければならないのは、水中では動きが鈍るうえ、術は種類によっては使えないことである。



 (目が見えない。てか息できない)



 乃江は水鬼が追いかけて来る前に、周りを確認する。この川自体に異変はないがーー。



 (浅いのに、何故なぜここまで溺死が多い?)



 鬼の気配的に、負の想いからは創られていない。溺れて死んでしまった人達だ。基本的に生前の未練から鬼になった者は、生前の容姿や背格好をしている。乃江に見えているのは、全員大人だ。



 (まずいな)



 五体の水鬼が迫って来る。


 短時間で八体以上に遭遇するのは、稀かと問われればそうではないが、普通ではない。


 乃江はいよいよ肺の空気が限界に差し掛かり、水面から顔を上げると急いで陸に上がった。しつこく追いかけてきた水鬼を切り伏せ、翠珞をしまう。



 「あれ、三好みよしさんいない……。え、潜った? いや、それはないか」



 助けを求めにでも行ったのだろうと気にせず、乃江は濡れて気持ち悪い羽織と靴下を脱ぐ。髪紐は何処どこかで解けたらしく、なくなっていた。


 左耳に髪をかけ、耳飾りがついているかどうか念のため確かめる。



 (ある。よかった)



 「先輩!」



 声がした方を見遣ると、声を張り上げながら走って来るは桃香と、もう一人。



 「大丈夫ですか!?」


 「大丈夫です。そちらの方は?」



 乃江は女性を一瞥。青ざめており、肩で息をしている。


 心配の一言でもかけるべきかと思ったが、自分がしたことを思い出した。



 「申し訳ございません。船は弁償させていただきます」



 乃江が微笑んでった途端とたん、女性は乃江の肩をがしりと掴む。迫力ある目を合わせたまま逸らさない。本気で怒っていると覚悟したが、発した言葉は真逆を行くものだった。



 「そんなこといいから。お姉さん、話聞いて」



 反省の気持ちでいたが、お姉さんという言葉にㇺッとする。女性に間違われるほど、声は高くない、はず。だが、中性的なのは理解している。



 「……はい」


 「ここはな、近づいちゃいけんのんよ。鬼に引きり込まれるから」



 すでに引き摺り込まれたとは云えない雰囲気で、乃江は一応頷いておく。



 「何故、鬼が多いのかご存じですか?」


 「そんなん皆知ってる。無頭むと様が怒っとるんよ」



 聞いたことのない名前である。様をつけているあたりから、信仰の類だろう。



 (これは有力な情報が得られる絶好の機会か。三好さんありがと)



 「無頭様とはどのようなお方ですか?」


 「ここの水神様で、優しい神様なんよ。向こうにはな、大きい洞窟があってそこに住んどんの。岩があって、そこが無頭様のお家」


 「見たことはありますか?」


 「そりゃあるよ。子供の頃、ここの人達は皆見てる。蛇の形をしてて五丈くらい……かな。朧気だけど……全身白い鱗なのは覚えとる」



 (なるほどね。神様が邪神化したのかな。えーー、なんで。何故なにゆえ? ま、それは今回の任務内容じゃないし、いっか。というか、早くりんさん達の処へいかなきゃ。洞窟に入って行った場合、俗にいう危急存亡の事態。死んでないといいな)



 「ありがとうございます」



 急いで戻ろうとした乃江だが、靴も何もかも濡れている。羽織や髪は特に問題ないが、靴が濡れているのは気持ち悪い。



 (術って便利だな。習得しといてよかった)



 乃江は強めの風を巻き起こし、自身と靴に集中的にあてた。


 乾いたか確認して靴を履き、羽織はまだ雫が滴っていたため腰に巻く。



 「え……あ、術士……?」


 「はい、術士でございます」


 「女の子だけじゃ危ないよっ!」


 「ご心配、ありがとうございます。ですが、今回は下準備を任されただけですので、戦闘することはありません。大丈夫です」


 「そう、ですか。……気を付けて」



 ほっと胸を撫で下ろす女性。良い人ではあるのだが、乃江と桃香は好意的には思えなかった。むしろ、桃香はか弱い女の子として見られて腹を立てている。



 「行きましょう。乃江先輩」


 「はい」

 






 まだ二時間も経っていないが、凛達はすでにいた。そして全員目を伏せている。その視線の先を辿るも、特に惹かれるものはない。



 (確かに多少は臭うかもしれないよ?? え、でも仕方なくない? というか何かしたかな。ごめんなさい。すみません)



 「あのーー……新海しんかいさん、何か収穫はありました?」



 人前で凛は話したがらないから斗羽に聞いたが、乃江は無視された。



 「新海さん……?」



 再度問うも、斗羽はそっぽ向く。非常に傷つき、彼に聞くことは諦めて少し離れた場所で立っている凛に近づく。



 「凛さん、私、何かしました? 川に落ちたけど、そんなに臭います?」


 「……髪紐はどうした?」


 「今頃は水の中に……」


 「そうか……」



 乃江はどうしたら良いか桃香に視線を送って訴えるも「問題ないですよ」の一言で、何が問題で何が問題ないのか分からない。


 どう話を切り出そうか悩んでいると、桃香は両方の三つ編みを解いて髪紐を一つ差し出した。



 「これで結んでください」


 「ありがとうございます……?」



 乃江は自分の髪を適当に結び、桃香の髪を結びにかかる。



 「三つ編みじゃなくても良いですよ」



 桃香の言葉に頷き、乃江は自分と同じように一つに結んだ。



 (これで解決したのかは置いといて、今度は皆に話しかけよう。そうすれば、誰か一人くらいは反応してくれる……はず)



 「あの、情報共有しませんか?」



 一人ではなく、皆が乃江に身体を向ける。



 「……凛さん、この違いはなに?」


 「忘れた」



 乃江は内心で溜息をつくと、心を無にして気持ちを切り替える。



 「こちらでは、水鬼の大量発生を確認しました。強くはありませんが、弱くもありませんでした。鬼は滝方面からではなく、四方八方から現れました。川の流れは緩やかで、深くはありませんでしたが、体格のいい大人でも亡くなっていたため、事故ではないように思えます」


 「こちらでは、滝に異常はありませんでした。水鬼も確認できたのは一体だけです。ですが、辺りを散策していると、塞ぐように置かれている巨大な岩を確認しました。僕は霊力や邪気の探知は得意ではありませんが、それでも十分に危険だと分かる量の邪気が漏れてました」



 代表したしゅんの言葉に、乃江は顎に手をあてて考える。



 (何かを塞ぐ岩とは、あの女性が云っていた洞窟の入り口? 任務完了かな。念のため本当にそこかどうか確かめて終わりにしよ)



 「では、確認して、その場所が発生場所であった場合は終わりましょう」


 「なら、じゃんけんで負けた奴が行きましょーーよ」



 斗羽の呑気な様子に、舜は額に手をあてて呆れたように溜息をつく。だが、乃江はいいかも、と思った。確認をしに行くだけで大人数は必要ない。二人か三人が行けばそれで済む。



 「その三人で行くべきでは? その岩を確認したときにそこが発生場所かどうか調べなかったのが悪いです」


 「は?」


 「あら、何か変なこと云いましたか?」


 「云っただろ」


 「なにを」


 「自分で考えれないのか」


 「…………」


 「…………」



 睨み合う斗羽と桃香。乃江と舜はその場から離れたくなった。



 (喧嘩とか勘弁してくれよ……二人の意見はもっともなんだけど、喧嘩は違うじゃん。どうしてそんな脳なの。嫌いなのはわかるけど、これは仕事じゃん……。東雲さんはなんかもう疲れてるし。ああ、東雲さんも大変なんだな。分かるよ。その気持ち。僕も兄さんといるときそんな感じだから)



 「全員で行けばいい」



  凛が、口を開いた。



 「足が疲れているのであれば、私と乃江で行く」



 そのことに四人は唖然とする。斗羽は「喋るんだ」と失礼にもこぼした。



 「引き返すように云ったのは私だ。邪気の量が常軌を逸していた。あのまま三人で突っ込んでいた場合、全滅していたのは間違いない」


 「凛さん……? 全滅というのは……」


 「そのままの意味。互いの得意不得意もしらないままゆえ


 「あ、なるほど。それもそうですね」



 凛は、桃香と斗羽と舜を見遣る。三人は気まずそうにしており、乃江は場をなんとかしようと、いつも通り微笑みを浮かべる。



 「私と凛さんは援護型で、特攻するのが苦手です。三人方がいてくだされば、安心なので……助けていただけませんか?」



 乃江の完璧な対応に、二人は渋々頷き、舜はその様子に感心する。だが、喧嘩はまだ終わってはいない。


 斗羽と桃香の空気はピリピリとしており、感じが悪い。


 舜はなんとかしようと斗羽に優しく話しかけたが、斗羽は軽くあしらう。そして露骨に桃香から距離をとった。


 人を菌扱いしているようで乃江は眉をピクリと動かす。



 (なんか、こういうのようのお仲間にされたな。懐かしい。でも、そのくせ殴りかかってくるんだよな~~。猿みたいで面白かったな)



 「金持ち喧嘩せず」



 そう云い、乃江は微笑する。


 斗羽と桃香はきょとんとしているが、舜はふっ、と吹き出し、凛も片方の口角が微かに上がっている。



 「凛さん、案内お願いします」


 「うん」



 後ろで、斗羽と舜が、正確には斗羽がギャーギャーと云っているが、二人は気にしないどころか楽しみ始めた。



 「乃江、随分と柔らかく云ったな」


 「ふふっ」


 「訳は?」


 「喧嘩は同等の脳でしか起こらない」


 「さすがだな」


 「でしょ」



 クスクスと話す二人に「何話してんすか~~?」と斗羽が間に割って入る。顔を蒼くして手を伸ばす舜がちらりと見えたことから、引き止めるのに失敗したらしい。


 何処に向かっているのか分からない乃江は舜の背を押して先頭にし、同じく道を忘れた凛は後ろに下がる。



 「おっ、先陣斬っていいんすね! いこーーぜ舜!!」


 「わかったからっ! 声大きいよっ……!」



 申し訳なさそうに抜かして前を行く舜に乃江は微笑みかける。うるさいのは苦手だが、こういう雰囲気は嫌いではない。



 「お二人さん、仲良いですね」


 「いいことだな」


 「ですね。因みに、岩ってあれですか?」


 「うん」

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