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 仕事終わり

 借りている古民家の前で、りん日和ひよりを肩車している。凛は無表情なのにも関わらず、日和は声を上げて笑っている。


 乃江はもう少しこの光景を見ていようと思ったが、気づいた日和が手を振り、凛は日和を地面に下ろした。



 「凛さん、ありがとうございました」


 「乃江のえ、 終わった?」


 「はい、終わりました。これから帰ろうと思います」


 「えーー……あ、じゃあ、夜ごはん食べてからにしようよ!」


 「ありがとうございます。お気持ちだけいただきますね」



 日和は残念そうに口をへの字にした。別れを惜しんでくれているのが、乃江には嬉しかった。



 「機会があれば、またお会いしましょう」


 「……じゃあ、また遊びに来て」


 「勿論もちろんです。あと、お礼を云いたいのですが、明日香あすかさんはどちらにおられますか?」


 「明日香、今はでかけとるよ。おかいもの」


 「では、明日香さんにありがとうございましたとお伝えください」


 「うん! 分かった!」



 日和は「じゃあねーー!」と叫んで大きく手を振って走り去っていった。



 「……その子は?」


 「あっ、えっと……」



 凛はこころを一瞥し、乃江に説明を求める。乃江は凛の許可を完全に忘れており、今になって気がついた。



 (やっば、忘れてた……!!)



 だが、焦らずに、今から考えても遅いと開き直る。



 「凛さん、この方とも帰りたいのですが、いいでしょうか?」


 「ああ、構わない」


 「! ありがとうございます!」



 乃江は、滅多に人に見せない満面の笑みで喜んだ。その表情は実に兄に似ており、やわらかで綺麗だ。



 「あっ、少し正木まさきさんの処に寄ってきてもいいですか?」



 凛が頷いたのを確認し、こころを置いて乃江はあの家に向かう。


 扉を開けると、正木はまだ着物を縫っていた。だが、よく見ると先程とは違うもので、今度は刺繍をしているらしい。


 入って来て早々、乃江は正木の正面に正座する。問いかけるのは先程と同じこと。



 「僕について来ていただけませんか?」


 「……断ったら?」


 「断ってもいいですよ」



 正木は難しい表情をして黙り込んだ後、ぶっきらぼうに云った。



 「すぐ、準備する」



 正直な話、乃江は心の中で歓喜した。今にも、笑って拳を握りしめてしまいそうだが、平静を装って微笑にとどめておく。



 「ありがとうございます。では、準備ができ次第、西でお会いましょう」



 乃江は表には出さなかったが、正木がついて来てくれる確証は全くなく常に不安だった。それなりの自信と見込みはあったものの、もう少し慎重になるべきだったと後悔もした。故に今は、仕事が終わったこともあるが、心の底から安堵して一人称も「僕」に戻っている。






 「凛さん、お待たせしました」



 借りていた部屋の簡単な清掃も終わり、乃江はこころを肩に乗せ、凛は二頭の馬を引く。


 馬と少ない荷物を準備して待っていると、そこに大きめの巾着きんちゃくを一つしか持たない正木が歩いてくるのが見えた。



 「それだけでいいのですか?」


 「これだけありゃ十分だ」



 嬉しさと喜びを噛みしめ、さあ帰ろうとして乃江は思い出した。馬が二頭しかない。正確には分かっていた。それを凛に伝えることを忘れていた。


 

 「すみません、凛さん。伝え忘れていました」


 「何をだ?」


 「その……二人を連れて帰りたいので、よろしければ先に帰っていただきたいです。馬も二頭ですので……」



 (うわあああ!! 凛さんが怒ってるっ! ぜんぜん表にでてないけど! どうしよ、死にたい。申し訳なさすぎる。自分勝手すぎて死にたい。あーー、殺してほしい。ほんとにごめんなさい。まあ、凛さんが許してくれてそのまま帰ってくれたら、術で様子見ながら帰ろう。うん、ごめんなさい)



 「二人ずつ乗ればいい」


 「……え」


 「組織の馬だ。大きいし、それなりに訓練されてる。二人乗っても問題はないだろう。休憩をこまめに入れればいいだけだ」



 (休憩をこまめに……時間取らせて申し訳ないな。次の任務ではもっと役にたてるように頑張ろ)



 「ありがとうございます」


 「ああ」



 (凛さんの優しさに甘えてばかりで情けない。ほんとに嫌い。申し訳なさで死にそう。うん、死ねばいいと思う)



 「ありがとうございます。恩に着ます」



 馬の負担を考えて、凛とこころ、乃江と正木に分かれる。凛はこころを先に乗せて、後ろから支えるように乗った。


 乃江も正木を前にする。これは乃江の性分で、後ろに人がいることと、人の動きの全てを把握できないことがどうしても苦手なのだ。



 (あ、準備できたのか。狭い道が多いし、後ろにつこう)



 「わあ~~!」



 こころが笑っている。風に髪を靡かせ、新しいものに目を輝かせている。乃江は、少しばかり傷が癒えた気がした。






 辺りは次第に暗くなり、夜が訪れた。


 乃江と凛で話し合い、行き道とは別の、遠回りになるが提灯が取りつけられている明るい道を選んだ。それから出店で軽く食事を取った後、こころがうとうとし始めた。幸い、華奢だったため、凛は終始を余裕の表情で支えていた。気になった乃江が大丈夫かを問うと、腕が痺れて少しきつかったらしい。






 空が東雲色に染まった頃、乃江は家に着いた。馬を返して凛と別れた後は大変で、疲弊しきってよぼよぼと歩き、乃江はこころを正木に背負ってもらった。



 (どうかな……起きてるかな。頼むから寝ててくれ)



 まだ明け方、普通であれば兄は寝ている頃。


 乃江は戸を開けて靴を脱ぎ、二人を入れた。



 「ただいまーー……」



 一応、小さくってみる。



 (うん、寝てるな。よかった。一旦、寝てから話し合うのがいいな。だって今、頭回ってないもん。口で勝てる自信はあるけど、云い間違えて揚げ足を取られたらめんどくさい)



 「おっかえりーー!!」



 突如、兄が横から滑り込むようにして現れた。徹夜していた訳でもなく、寝衣である。だが、乃江は頭が鈍くなっていたため、起こしてしまったのではないのかと一瞬そう思った。そう、一瞬である。寝起きとは思えない目の輝きに加え、俊敏な動き、元気一杯な声。明らかに帰って来るのを待っていた。



 「あれ、友達?」


 「はい。少し相談があります」



 兄の表情が、ぱぁぁっとさらに明るくなる。



 「どうぞ、上がってください!」



 こころを背負ったままの正木を客室に通し、居間で兄と二人。



 「で、相談って?」


 「何でそんな嬉しそうなんですか……」


 「だって、珍しいなあーーって」



 (それで、いつもより一段と機嫌がいいのか。めんど)



 「ここから離れた場所に家、ありましたよね。それを使わさせていただきたいです」


 「へーー、友達に? いいけど、どういう経緯でそうなったのか教えて」



 乃江は必要だと判断したことは全て話した。こころと正木の人格、村で何をしていたのか、これからどうするかをきっちりと。



 「それならいいよ。使わないと勿体もったいないもんね」



 兄は笑って承諾した。乃江がほっとしたのも束の間、兄の雰囲気が変わった。



 「でもね、私は、乃江の知ってる通り、人を信用することが苦手なんだ。だからと云って何かを制限したり、とやかく云ったりはしないよ。ただ、もし、その人達が善くない人で、良くない影響があったら、私は、少し意地悪いじわるするかもしれない」



 乃江はかしこまった雰囲気やしんみりとしたものが大の苦手で、わざと姿勢を崩す。



 「……過去に人間関係とかそれ以外でも何かあったのは察しがつきますけど、いも悪いもどうでもよくないですか?」


 「よくないでしょ」


 「僕は、どうでもいいですけどね。非道とか常識がないとかは嫌ですけど、内にあるものはなんでもいいです。僕は、人に関心がないって何度も云ってるでしょ。ただ、やりたいからやる自己満です。それでいいでしょ。友達だとか、家族だとか、僕は深い関係を築くのが不得意です。だから良くも悪くも何もない」


 「なんか、それはそれでお兄ちゃん心配……」


 「心配は不要です。はい、僕が君に云ってる言葉をどうぞ」


 「……お願いと命令はするな、全てには考えがある、礼儀正しく義理堅く、何か成そうとするなら胸を張れ……」


 「はい、よくできました。以上。おやすみなさーーい」


 「いやいやいや! ちょっとっ……!」


 「やろうと思ってることをやれと云われると、呼吸すらやりたくなくなります。僕が、考えなしに人をつれてきたと思ってるんですか? 今、眠いので機嫌がすこぶる悪いですよ、僕」


 「すみません……」


 「わかったならよし」


 「はい……」



 (あーー、云い過ぎたかな。ま、何度も同じことを云わすこの人も悪いけど。だって、僕だって稼いでるし。家事もしてるし。家は互いのものだし。兄とか弟だとか関係ない。ほんとにこの雰囲気苦手。でもこの人は明日になったらけろっとしてんだろうな。その強さ切実に分けてほしいわ)



 「では。失礼します」


 「寝るの?」


 「寝るよ。風呂に入ったらね」



 乃江は逃げるようにその場を立ち去り、客室へ向かう。客室では、正木は壁に寄りかかった状態で寝ており、こころもそんな正木の膝を枕にして心地よさそうに寝ている。


 乃江の硬い表情はすぐに和らいだ。



 (なんとかなりそう)



 乃江は二人に優しく微笑むと、踵を返した。









 「呼吸すらもやめるなんて云われたら、ねえ……卑怯だよ。俺が折れないわけにはいかないじゃん。何が察しだよ。全部、知ってるくせに」


 一人残った居間で、乃江の座っていた場所を見つめて、兄は涙声で呟いた。


 

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