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羊と弾丸  作者: 哀雨 ザラメ
1 白銀の大地より
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白銀の大地より・4

羊と弾丸


1 白銀の大地より・4



 雪はようやくやんだらしい。雪かきが無駄にならずに済んで、撫子はこっそり安堵した。

 雪像の形は不格好だ。それぞれとりあえず崩れないように積み上げただけなので当然だが、アリスは面白がってそれらに石や小枝で顔をつくり、名前までつけるのを趣味にしていた。


 先ほどまでただの雪の塊だったそれらが、今はこちらを見つめているように感じてしまって、撫子は妙な気持ちになりながら庭を抜けた。アリスは雪像たちを飾り付けられて満足しているのか、いつもよりはしゃいでいるようだった。

「うっかりお芋を駄目にしてしまったの。それに干し肉をかける鉤ももう古いし……そうだわ、ついでに縄も買いましょう」

 頼むから買い出しは一度に済ませてくれ、撫子は面倒くさそうな表情を隠そうともしなかったが、アリスにはまるで伝わらない。2人はローブをしっかり着込んで、雪の中を歩き始めた。




 ◇◇◇




 アリスの家と街を繋ぐ道は、深い森を突っ切るようにして敷かれている。道といっても申し訳程度に土を均しただけの簡単なもので、しかも雪に埋もれた今の時期、その土肌すら見えないからあまり意味はない。

 雪がやんだとはいえ空はまだ分厚い雲に覆われている。森の中は薄暗かった。しかし街の方の空は雲が途切れ、幾分か明るい。じきに太陽が街を照らし始めるだろう。


 森の雪は仄かに光を集めて、不気味な静けさに包まれている。

 黙々と歩く撫子の後ろを、アリスがひょこひょこついてくる。撫子がつけた足跡を踏むようにして歩くことで、転ばずに済む。この地方で生まれ育ったくせに、アリスは雪道が得意というわけではなかったらしい。

 外は変わらず寒かった。つい先ほどまで暖炉のそばにいたからか、余計に辛さを感じる。しかしこんな寒さにはもう慣れたので、撫子はほぼ無心で道を進んだ。


 不意に。


「………………」


 撫子が足を止めた。アリスが差し出しかけた足をそっと戻す。アリスは不思議そうに名前を呼んだが、先行者の返事はなくただしゃがみこむだけだった。つられてアリスは視線を地面へ──撫子の足元近くへ向けた。


 真っ白な雪の上に、小さな足跡が点々と残っていた。


「……誰か、通ったのかしら」

 撫子が何も言わないので、アリスはぽつりと予想を立ててみる。

 見たところ足跡は子どものもののようだった。ひどく小さい。指の形も残っているのは、裸足になっているからか。


 それは街へ向かっているかと思えば森の奥へ方向転換したり、同じところへ戻ってきたり、あちこち歩いてぐるぐるしている。

「迷ってる、みたいね」

「このあたりの奴じゃないことは確かだな」

「そうなの?」

「このあたりで生まれ育った奴が、裸足で迷うような森じゃない」

 撫子は一つ一つの足跡を、注意深く観察した。これだけ小さな足跡がくっきり残っているということは、少なくともこの主が歩いたのはついさっきのはずだ。雪がやんだのは撫子とアリスが家を出る直前だった。それからあまり時間は経っていない。


 足跡は、うろうろしながら道から外れ、木々の向こうへ。


「………………」


 撫子は無言で立ち上がった。




 ◇◇◇




「………………」


 さむい。

 ねむい。

 おなかがすいた。


「………………」


 ここはどこだろう。

 どこまで、きてしまったのだろう。

 もう、どうやってもどったらいいのかわからない。


「………………」


 あしがいたい。

 くつをなくしてしまった。つめたい。


 ねむい。

 もううごけない。




 ◇◇◇




 茶色の塊だった。

 一見土塊のようで、それは真っ白な雪の上ではひどく目立った。


 撫子はアリスに目配せした。アリスは小さく頷いて、傍の木の根元へ静かにしゃがみ込んだ。それを確認してから、撫子は身を低くしながら足を踏み出す。相手はまだ動かない。顔も見えない。どうやらこちらに背を向けるようにして、倒れているようだ。

 小さな足跡は、その塊まで続いて途切れていた。大きさからしてやはり子どものようだが、撫子は十分に警戒してそれに歩み寄った。


 道ではないところは、ずぶずぶと雪に足が沈む。足首の上まで呑み込むそれは厄介で、歩きにくい。

 雪は一層深く、革靴の底で軋んで固まる音がする。


 肉薄するほど近づいても、塊は全く動かない。


 近づいたことで、塊はやはりひとの形をしており、土ではなく茶色のローブであることがわかった。

 そろりと手を伸ばし、撫子は静かに茶色に触れた。

 ローブは湿って冷たかった。塊に反応はない。


 撫子はぐっと息を吸って、塊を手前に引き倒した。


「…………子ども、か」


 かたく閉ざされた瞳。肌がまるで雪のように白い。柔らかそうなまつ毛まで、薄く凍りついている。首に力が入っていないのか、頭はぐにゃりと揺れた。

「どう?」

 とりあえず危険はなさそうだと判断したのか、アリスがそっと問いかける。撫子は子どもから視線を外さないまま応えた。

「気を失っているらしい」

「あらあら……風邪をひいちゃうわ」

 そう言うと、アリスはよたよたとこちらへ寄ってきた。雪まみれになりながら何とか撫子の横に並んで、一緒に子どもを覗き込んだ。

「あら、本当に小さい子ね。どこから来たのかしら……」

「やはりこのあたりの子どもじゃないな。見たことがない」

「一人なのかしら」


 撫子は周囲を見回した。木々が覆い被さるようにして、撫子たちを見下ろしている。黒く厚い樹皮と、どっしりとした太い幹、天を突き刺すようにしなやかに鋭く伸びる枝。これがレルガノの誇るエインシ杉である。

 続いて足元へ視線を下ろす。降り積もった雪の上には、撫子たち以外の足跡はない。

「近くには、いないようだな」

「冷たい……このままじゃ危ないわ」

 アリスが子どもの頬に触れながら撫子を見る。言いたいことはわかるが、撫子は少し躊躇った。

 しかし撫子の返事を待たずに、アリスは早く戻りましょうと立ち上がると、もう歩き始めている。相変わらず危なっかしい歩き方にため息をついて、撫子は子どもの頭と膝の下に手を差し込んで抱き上げた。慎重に触れたつもりだったが、子どもの身体はやはり力なく揺れて、フードがはらりと外れた。


 あらわになった子どもの頭部を見て。

 呼吸が止まった。


「撫子?」

 追いかけてこないのを不思議がって、アリスが少し離れたところで振り返る。撫子は抱えた子どもを見つめたまま、呆然としていた。


 ふわふわと柔らかそうな髪。その中にのぞく、小ぶりな巻角。


「撫子、その子」


 アリスが腹部を抱えるようにきゅっと両手を組んだ。


「羊族、なの?」





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