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羊と弾丸  作者: 哀雨 ザラメ
3 さすらう花弁
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さすらう花弁・7

羊と弾丸


3 さすらう花弁・7



 一番近くの宿屋に頼んで、大きめの馬車を借りた。馬車は、冬季のレルガノにおいては必須だ。雪深い道を大荷物で進むのは、大変な時間と力を要する。極寒の地では、それは命取りになる。

 子どもは自身よりずっと大きな馬たちを見ても、驚いたり怯えたりしなかった。慣れているのだろうか。

 荷台に自力で上がるには小柄すぎたので、撫子が抱えて乗せてやった。触れた瞬間、薄くて細い体が強ばったのがわかった。


 身体を温め、ゆっくりと睡眠をとった仔羊は、ひとまず生命の危機を乗り越えたようである。撫子やアリスが動いても、いちいち大きく驚かなくなった。

 ただ。

「名前は?」

 沈黙。

「どこから来た?」

 沈黙。

「親とははぐれたのか?」

「────」

 く、と子どもは息を呑んだ。


 落ち着いてからいくつか質問をしてみたが、やはり答えない。無視している、反抗しているという感じではない。伏せられた顔は、恐怖に満ちていた。

 特に親や一人でいた経緯については、明らかに度合いが違う。まるで、今まさに命の危機に直面しているかのように。喉元にナイフでも突きつけられているかのように怯えている。

 アリスが子どもの肩を抱いて、撫子の方を見た。小さくかぶりを振る。これ以上は子どもをただ追い詰めるだけだ、といいたいのだろう。仕方なく質問をやめた。




 ◇◇◇




 レルガノ協会支部は、アリスの家から離れた街のほぼ中心、住民や店が多く集まっている場所にある。

 そこへ行くには、馬車なしではまず困難だ。積雪の冬はいわずもがな、暖かい季節でも、慣れていなければ到着する前に参ってしまう。


 本人から情報を得られないなら、協会側に照会をかけるしかない。

 今後子どもが自分で語り出し、親がおらず一人なのかただ迷子なのかわかっても、どちらにしろ協会には報告しなければならない。羊族の保護は、協会の存在意義にして発足理由だ。はぐれ羊含め、一人でいる羊族を発見した時、魔法使いにはすぐに保護する義務があった。


「あらあら、街へ行けるのね」

 アリスは楽しげに笑った。そういえば街へ買い出しに行こうとした道中で、この子どもを見つけたのだ。中断してしまった買い物ができるとなって、アリスはうきうきとしている。あれとこれとそれも欲しい、と買いたいものをご機嫌で話しているが、さりげなく前回より増やすのはやめてくれ、と撫子はため息をついた。

 子どもは困惑した様子でアリスを眺めている。そんな子どもの前へ膝をついて、撫子はできるだけゆっくりとした口調で話しかけた。

「明日、街へ行くぞ。お前の親が別に保護されていないか、確認する」

「…………!」

 すっと顔色が変わった。目を見張り、子どもははっきりと頷く。

 そこで何やらガタガタと物を揺らすような音がしたので、二人はそちらを振り返った。アリスが箪笥から服を引っ張り出しているところだった。

「ねぇ撫子、手伝ってちょうだい。その子に合う服を出さなきゃ」

「…………」

 撫子は思い切り嘆息して、立ち上がった。




 ◇◇◇




 翌朝、宿屋の主人には多めに銀貨を渡しておいた。子どもを連れ帰ったために、借りた馬車を急に断ってしまった詫びである。宿賃以外の貴重な収入源であるから主人はそれまで少し不機嫌そうだったが、出された銀貨にすぐ笑顔になった。むしろあと数日使ってよいなどと上機嫌で送り出され、何だか逆にやりにくい。


 真っ白な道を進む間も、アリスはにこにこしていた。荷台で相変わらず黙り込む子どもが、余計に緊張しないようにしているのだろう。

 頭上に広がる空は、重たそうな灰色の雲に蓋されている。寒さは昨日ほどではなかったが、夕方頃には雪がまた降るかもしれない。早めに済ませたかった。


 街の中心に近づくにつれ、他の馬車とすれ違うようになってきた。住民の姿も見えてくる。

「あら、魔法使いさんだよ」

「こっちまで用事があるなんて珍しいこと」

 朝食や洗濯を終えて、噂話や愚痴で盛り上がっていた街の女たちは、目の前を通り過ぎて行く馬車を目で追った。家の前を通る馬車は大体決まった面々だから、いつもと違う者が見えると、女たちの話題はたちまちそっちへ引っ張られるのだった。

「いいよねぇ、魔法使い。たっぷりお給金がもらえるってさ」

「うちの子も魔法が使えたらよかったのに」

「馬鹿いうんじゃないよ。そしたら学校へ連れて行かれちまうんだよ。若い働き手が取られちゃあ、たまったもんじゃない」

「そうだけどもさ。協会にまで勤められたら、ずぅっと遊んで暮らせるって話だよ」

「だってそれには、羊を守れるくらい優秀にならなきゃいけないんでしょ」

 少しの間、女たちは森の奥に住む魔法使いについてあれこれと話していたが、また日々の愚痴へと戻った。その頃にはもう、撫子たちの乗った馬車は見えなくなっていた。


 最初の行先は協会支部だ。照会がすぐに済むとは思えない──とりあえず報告と依頼をして、買い物で時間を潰せばいいだろう、と撫子は考えた。仮に今日中に終わらなくても、あの主人曰く馬車は数日使っていいらしいから問題ない。


 レルガノ協会支部は、明るいレンガ石と黒のエインシ杉でできた重厚感ある建物である。協会支部としてはヴェスギア全土で見てもかなり古い方で、かつ大きい。そのため、協会支部の中でも花形とされていた。

 撫子の背よりもずっと高い扉を開くと、まず正面に巨大な彫刻が出迎える。ある彫刻家が、一つの銅の塊から創りあげたもので、レルガノ協会支部の象徴になっていた。ずっしりとした素材とは裏腹に、背の高いそれはすっと細い形の花だ。原初の魔法使いが愛したとされる花で、威厳や歴史を伝えるとともに、執務机が外から丸見えにならないよう、わざと入口付近に設置されている。


 威圧してくる彫刻を無視して、撫子はその左側にあるカウンターに向かった。カウンターの上で透き通った明るい光を放つのは、水晶灯(すいしょうとう)だ。その名の通り水晶を光らせて使う明かりで、魔力に反応して発光する鉱石が、ガラス匣の中に入っている。中の石に魔力を注げばすぐに光る仕組みだ。高価だが蝋燭を使うよりもはるかに安全で、しかも明るい。鉱石の種類によって光の色が変わるところも人気だった。





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