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羊と弾丸  作者: 哀雨 ザラメ
1 白銀の大地より
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白銀の大地より・2

羊と弾丸


1 白銀の大地より・2



「取り出したるはこの薬! これを塗るとあら不思議、ピタリと血が止まる!」


 朗々と響く声で話しているのは大男だった。

 背丈は周囲の大人より頭3つ分ほど高く、筋骨隆々としたその外見が、男の種族を物語っていた。

 巨人族である。

 その大男が何やら緑色の小瓶を振り振り、売り込みをしているらしかった。


 小瓶から数滴、透明な液体を手のひらの上へ落とすと、それを自身の腕に塗りつける。どうやら自分で切りつけたらしい小さな傷から染み出していた血が、見る見るうちに乾いていった。


 おお、と周囲がどよめく。


「妖精族の薬か……」

 撫子は低い声で呟いた。


 妖精族の薬。

 長い耳と小柄な体躯が特徴の、愛らしい一族が作る薬は、よく効くとして重宝されていた。

 その分かなり高価なため、簡単に手に入れることはできない。

 緑色の小瓶に真っ赤な包み、銀色の紐。それが妖精族にのみ許された装飾、彼らが作ったという証になる。


 大男の傍らで積まれた木箱には、緑色の小瓶がぎっしり詰まっている。

「今ならこの薬、3つで銀貨20枚だよ!」

 更にどよめく人だかりの中に、見知った暗赤色のローブが2つ、あった。

 撫子はため息をついて人だかりへと近づいた。


 様々な種族の立ち尽くす中へ構わず分け入り、撫子は背の高い方──女の手首を掴んだ。

「あら撫子」

 掴まれた女が振り返る。

「あらじゃない、何してる。行くぞ」

 女はぱちぱちと瞬きをして、でも、と声をあげた。

「でも、妖精族の薬があるのよ?」

「旦那、お安くしときますぜ」

 重ねるように大男が言う。その視線はすっかり撫子の抱える袋に釘付けだった。何が入っているのか気づいたのだろう。


 そんな大男をちらりと見やって、撫子は地を這うような声で呟いた。あくまでついでだ、というように。

「……あまりふざけた商売をしていると、後で痛い目を見るぞ」

 それを聞いて大男はさっと顔色を変え、わなわな震え始めた。

「行くぞ、アリス」

 もう大男など気にもせずに、撫子は女の腕を引いて歩き出した。





 ◇◇◇





 アリスはぶうぶうと文句を言いながら腕を引かれていた。子どもも続く。

「せっかく安くお買い物ができそうだったのに、ひどいわ撫子」

「あれはほとんど偽物だ。あいつが試していた1つ以外は普通の薬だろう」

 撫子が面倒くさそうに言うと、アリスはきょとんとした。

「どうしてあの人は、そんな嘘をついたの?」

「……カネで困っていたんだろう。今年は薬草が豊作だったから普通の薬は簡単に手に入るだろうが、妖精族の薬は関係ないからな」


 妖精族の薬が希少で高価なのは、単に材料が特殊であるからというだけでなく、作る者たちが大変気まぐれだから、というところが主な理由だった。

 長命で頑丈な身を癒すことがあまりにも少ない彼らにとっては、わざわざ自身の魔力を割いて他者を癒すという行為が理解しがたいのである。

 かと言って彼らに薬を作るよう強いることも難しい話になる。古い種族に苦言など呈すれば、どうなるかわからない。

 どれだけカネを積もうとも、妖精族がその気まぐれな指先で薬草を摘み、魔力を注いで煎じ、瓶に詰めなければ、そもそも市場に出回ることすらない。


 一度にあれほどまでに大量に、妖精族の薬が手に入るわけがないのだ。


 人だかりから大分離れ、市場の中心から外れた場所まで来ると、先ほどまでの喧騒は身をひそめ、周囲を行き交う人々の影もまばらになってくる。

 声を張り上げなくとも十分聞こえるその場所で立ち止まり、撫子は怖い表情で振り返った。

「どうして離れた。こういうことがあるから絶対離れるなと、あれほど……!」


 ぐい、と撫子のローブが引かれた。


 下方へ引かれたローブを追って撫子が視線を下げると、小さな手が暗赤色からのぞいていた。少し震えているのは、撫子の怒りが伝わったからか。

 子どもはようやっとローブを掴んでいるようだった。

 しかし掴んだまま何も言わない。

「…………おい」

 しばし待ったが言葉は発せられなかった。思わず低い声で急かすと、子どもは慌てたように手を離した。それからアリスの背後へまわりこみ、すっかり姿を隠してしまった。

 そして何も話さない。撫子はため息をつき、アリスを見やった。説明しろ、という風に。

 アリスはにっこり微笑んで応えた。

「この子ね、心配しているのよ。昨日の雪狼で、あなたがケガをしたんじゃないかって。それで、傷に効くって聞いて、飛び出して行っちゃったの」

 ね、そうでしょう、とアリスは背後の子どもに小さく声をかける。撫子からはよく見えなかったが、子どもはどうやら否定しなかったようだ。

「まったくそんなことで……」

 撫子はため息をつきながら額をおさえた。アリスが反論する。

「そんなことじゃないわ。大事なことよ。ねぇ」

 再びアリスが子どもを振り返ったが、やはり明確な返事はなかった。それでもアリスはうんうんと頷いて、撫子に向かって微笑んだ。


「ほら、撫子」


 促され、撫子は言葉に詰まる。

 またため息をつきそうになり──それを呑み込んだ。子どもに向かって少し身をかがめる。

「……ケガなんてしていない。大丈夫だ」

「──────」

 僅かに、子どもが息を吐き出したような、そんな気配がした。アリスの後ろで強ばらせていた身体が、ゆるんだような。


 アリスがまたうんうんと頷いて、よかったわねぇ、ありがとうだって、などと勝手に訳して話しかけている。

 撫子は何だか胸の辺りがそわそわとしたので、胸を押さえる代わりにアリスのフードをつまんで直してやった。


 日が高いうちに、また移動しなくてはならない。





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