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羊と弾丸  作者: 哀雨 ザラメ
2 星明かりの路
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星明かりの路・2

羊と弾丸


2 星明かりの路・2



 男は煙草を噛み潰していた。

 というのはあくまで男の部下たちの印象で、実際男は草の葉をもぐもぐと口内に入れていたわけではない。


 軽い白粘土でできた煙管をくわえて吸っていたのだが、その表情は煙草の味など感じていないかのように忌々しげに歪められている。男の煙管には、いつも香りのよい上質な葉しか詰められなかった。男のこだわりである。だから一度吹かせば類まれなる幸福感がやってくるはずなのだが、いくら待っても男には少しも訪れなかった。


 それどころか、男はとうとう自身の煙管を地面へ叩きつけてしまった。

 雪の上へ刺さった煙管は、そのおかげか割れることはなかった。しかし部下たちは、皆怯えたり気まずそうにしたりして、慌てて男から視線を逸らした。

 男は怒鳴った。


「まだ見つからんのか!」


 その叫びに応える者はいない。

 一度自分で捨てた物を拾い上げて使うなど考えられなかったらしい。男は大きく舌打ちをして、数歩後ろに控えていた部下に向かって手を出した。部下はすかさず新しい煙管を取り出すと、恭しく男に手渡した。

 新しい煙管を再び噛み潰す男の苛立ちは、頂点に達していた。


 丸々とした大きな顔に、埋め込まれたようにして小さな目がある。手や足はぶくぶくと膨らみ、まるで水の詰まった袋のようだ。着ている衣服こそ上等なものだが、残念ながら中身はそれに伴わなかった。いつでも自身の裕福さをこそ重要だと考え、またそのために行動する男で、そこには誠実さや謙虚さなどはない。ついでに言うなら、実力も人望もなかった。

 協会レルガノ支部長である。


「ゴル様!」


 名前を呼ばれて、支部長──ゴルは振り返った。部下が慌ただしく走ってくるのが見えた。

 一般的に支部長はその役職名で呼ばれることがほとんどなのだが、ゴルは名前に()をつけて呼ぶよう部下に強制した。そちらの方がより自身が特別なもの、上位の存在として君臨している感じがしてお気に入りだった。もっともこの男はそれを当然のことだと思っているので、強制しているという意識はない。


 近づいてきた部下は、憐れなことにゴルの本質をまだ見抜けていない、いわゆる新入りだった。

「ゴル様、協会本部に伝令の鷹を飛ばしました。ただその、この季節ですので……1日以上はかかるかと」

 伝令用に飼い慣らされた鷹、電雷鷹(でんらいたか)は、場所を覚えさせれば必ず指定の地まで真っ直ぐ飛ぶ。他の鳥類に比べて圧倒的に速い。雷霆のように速く飛ぶその姿から、電雷鷹と呼ばれているのである。

 とはいえ、雪が積もり骨まで凍えそうなこのレルガノでは、その能力は最小限にまで弱まってしまう。元々冬には南下する渡り鳥を祖先に持つからか、寒さに弱いのである。


 もちろんそんなことはゴルも十分わかっているのだが、とにかく何もかもが気に入らないらしく、再び声を荒らげた。

「どいつもこいつも!」

 新入りはびくりと肩を揺らした。電雷鷹が速く飛べないのは別に彼のせいではない。だから彼が謝る必要はないが──謝っても詮無いことだ──上司の怒鳴り声に激しく反応した。大いに慌てて謝罪すると、わたわたともたつきながら離れていった。走ってどこへ行こうというのか、どこかへ行ってどうにかなるのかは、恐らく彼自身もよくわかっていない。




 ◇◇◇




 協会の魔法使いと、その担当している羊族が消えた。

 それは上等な果実酒をあおり、上等な肉を貪り、上等な煙草をくゆらせていた昼下がりにもたらされた、最悪の知らせだった。


 簡単な作業のはずだった。

 罪状だってきちんと考えた。反逆罪である。

 それを赤髪の魔法使い──撫子に突きつけて拘束して、羊たちを確保すれば終わり。あの赤髪が訓練学校では優秀だったということは聞いてはいたが、大勢で取り囲めばすぐに済む。ぬくぬくと過ごしているところへ突撃し、罪状を羊たちの前で読み上げてやればいい。わざわざ支部長である自分が行くまでもない。そもそも外は寒すぎる。そう思っていた。


 だから自慢の暖炉をよく燃やして、腹が減ったから簡単な食事をとり、至高の一服を楽しんでいたというのに、ゴルの耳に届いたのは何もかも手遅れだったという間抜けな報告だった。


 そもそも協会の魔法使いたちは代わりがきかない。基本は担当の羊族につきっきりで、離れることはできない。優秀な者から羊族を任されるため、必然的に実力が足りず経験も浅い、羊族の護衛にはまわせない魔法使いばかりが残る。

 そういった魔法使いたちには、協会内の書類整理や連絡係といった、いわゆる雑務が割り当てられる。少しでも魔法が使える方が、使えない者を当てるよりいいのだ。


 人数が多ければ多いほどいい、としか考えられないゴルは、彼らをただ撫子の元へ向かわせた。その考え方は間違ってはいないが、残念ながら最善でもなかった。とりあえずその場で手の空いている者をかき集めることにすら手間取って、結局目的地へ到着し、森の奥にある家の包囲が完了したのは、夜が明け始めた頃だった。

 早くせねば、夜中で油断している間に拘束せよ、というゴルの指示が完遂できなくなる。すでに夜中ではないし、遅延の原因はそのゴル自身だったのだが、魔法使いたちは遅れを取り戻そうと慌てて家の中へ踏み込んだ。


 家はもぬけの殻だったという。


 魔法使いたちは更に慌てて家の周囲を捜索し始めた。庭を踏み荒らし雪の塊に躓き、家の隅々まで調べて、ようやく、車輪の跡を発見した。警戒して灯りを消し、暗がりの中でどたばたと歩き回ったせいで、自分たちの足跡に半ば埋もれてしまっていたのだ。

 跡を追いかけ、それは馬車だと気づいた。

 そしてその馬車は、街や村へと続く大きな道に出てしばらく経っているようだった。

 こうなると追跡は絶望的である。この道は多くの者が行き交う主要な行路の一つとなっていた。馬車などいくらでも通る。この時すでに日は中天に差し掛かり、魔法使いたちがうろうろと道を観察している間も、様々な者たちが馬車を駆っていく。最早どの跡が自分たちの追っていた跡なのかわからなくなるほど、それは次々と上書きされ、見分けがつかなくなっていった。


 途方に暮れているうちに、再び雪が降り始めた。

 とうとう二進も三進もいかなくなって、魔法使いたちはゴルの元へ戻らざるを得なくなったのである。

 間抜けにも全員で一列になって雪の中を歩く様が目撃されなかったことだけが、不幸中の幸いだった。





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