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第3話 元暗殺者による尋問(グレイ編②)




「それで。俺の大事な花を二度も害したのは何故だ?」



 一纏めに縄で縛り上げられている黒装束の男たちを前に、グレイは木製の椅子に深く腰掛けていた。


 すらりと長い足を前に投げ出し、上体を前に倒して前傾姿勢を取って両手の指を互い違いになるように胸の前で組んで両肘を膝に突いている。


 彼らは最近、屋敷の周囲をうろついていた連中で、グレイはその存在に気付いていたものの、放っておいたのは目的を探るためだった。



 しかし、事情が変わった。


 彼らは、グレイがジャスミン(との勝負)のために丹精込めて育てた毒花の畑を踏み荒らしたのだ。ヴィオレッタの侍従で毒や薬に詳しいユーリマンに相談しながら、苗の選別や接ぎ木など、かなりの手間をかけて育てた花を滅茶苦茶にされたグレイは人知れずかなり憤っていた。


 だが、それだけではない。泳がせていた不審者どもを一掃するに至らしめたのは、ジャスミンとの勝負の最中に横やりを入れられた事だった。束ねた刺繍糸を片手にグレイがまさにジャスミンに襲いかかろうとしたところ、天井裏から彼女の首筋に向かって暗器が投げ込まれたのだ。


 結果として、ジャスミンはたまたま手にしていた扇子でそれを弾いて軌道を逸らしたため、無傷であった。だが、勝負に水を差されたグレイはこれまた酷く憤り、主人に命じられるまでもなく襲撃者たちを捕らえ、地下へ押し込めた。



「……二度? 我々は公女には一度しか手を出していないはずだが?」


「屋敷の外れに、黄色い花が植えられていただろう? あの花の名前を知っているか?」


「……は? 花の名前なんて知らないが、それがいったいどうしたというんだ?」



 今は公女の話をしていた筈。それなのに何故途中で花の話になるのか?


 質問の意図が掴めていないようで、襲撃者のリーダーらしき男が煩わしげに応える。


 すると、グレイは苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。



「……ジャスミン。それがあの花の名前だ。そう、幻惑の五公女の一人、お前たちが殺そうとしたお嬢様と同じ名だ」


「なっ! そんな……」


「あの花は俺が管理していたものでな。お前たちのせいで半分ほどがダメになった。何故、あの花を踏み荒らした?」


「いや、それは……し、知らなかったんだ! 偶然通りかかってそれで……。それに踏んだのは俺じゃない!」


「襲撃現場に必要以上に痕跡を残すなと組織で教わらなかったのか? 黙れ、この三流が!」



 一喝したグレイの威圧感は、その筋の人間も顔負けのもので。……いや、彼は元本職なのだが。



「そもそも暗殺とは基本、目立たぬように単独で遂行するものだろう。いつから【ベルゼタ】の人間は群れるようになったんだ?」


「なっ!? 何故だ!? どうしてわかった!?」


「どうしても何も、この暗器を見れば明らかだろう?」 



 グレイは手に馴染む感触に懐かしさ覚えながら、小ぶりなナイフを動揺する男の眼前に(かざ)した。


 両刃の刀身に箔押しのような形で何某かのシンボルマークがつけられている。



 【ベルゼタ】とは、襲撃者たちが所属する組織、そしてかつてグレイが所属していた暗殺者集団の名だ。



 今回の襲撃に際し、グレイは憤りを覚えると同時に失望していた。何に対してかと問われれば無論、それは目の前の襲撃者たちの稚拙さに対してだ。


 組織に所属していた人間全てと顔見知りであった訳ではないが、当時はもっと優れたの暗殺者ばかりであったのは間違いない。そんな集団で一番の腕利きだと言われていたからこそ、グレイは誇りにも思っていた。まあ、その誇りもジャスミンによって呆気なく粉砕されたのだが。


 組織を抜けてから、ジャスミンとの勝負や鍛錬を通じて、グレイ自身が成長したのも間違いない。しかし、組織の暗殺者たちの質が落ちたのもまた、紛れもない事実だとグレイは結論づける。


 そうして、己の古巣がもう自分のいた頃とは違うのだと実感すると共に、寂寥(せきりょう)にも似た感覚に襲われたグレイは静かに(かぶり)を振った。



「……誰の差し金だ?」


「依頼人のことなら言えない」


「ほう? それならその舌を切り落としても構わないということか?」


「いや、それは……」



 投げナイフを弄びながら、冗談とも本気とも取れる様子でグレイが問うと、ただならぬ気配を感じたのか、襲撃者たちは青褪めて口ごもる。



「こちらとしては情報が欲しいところだが、全員を生かしておく必要はない。1人で十分だからな。自分の利用価値を証明できた者のみ、生かしておいてやろう。さあ、最初に口を割るのは誰だ? 早くしなければ俺の気が変わってしまうかもしれないぞ?」



 急き立てるグレイの言葉に、襲撃者たちは互いの顔を見合わせながら、ごくりと喉を鳴らして生唾を呑み込んだ。



「わ、わかった! 言えばいいんだろう! だから頼む、殺さないでくれ。クラリーチェ・マルティル。それが俺たちに公女の暗殺を依頼した人間の名だ」


「マルティル……というと子爵家だったか? それだけ聞ければ十分だ」



 欲しい情報を聞き出したグレイはさっと立ち上がって、足早に部屋を出ていこうとする。



「ま、待ってくれ! アンタは何者なんだ? それに公女のあの身のこなしはいったい……?」


「さあな。だが一つだけ教えておいてやろう。……ベルゼタがジャスミンお嬢様を狙ったのはこれが初めてじゃない。二度目だ」



 呼び止めるリーダーの男にグレイが振り向くことなく。意味深に聞こえる言葉を残し、後ろ手に投げナイフを放って、彼は今度こそ部屋をあとにした。




ジャスミン「最近、どういうわけかグレイが花を育て始めたのよね」


ヴィオレッタ「あら? 疲れているのかしら? きっと癒しを求めているのよ」


ジャスミン「そうかしら? グレイったらそんな可愛い面もあるのね」


ユーリマン(それは絶対違うと思います……)



*****


2023年4月1日追記


このお話の挿絵をいただきました。

活動報告にてご紹介しておりますので、ご興味がございましたらご覧下さい。


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/262376/blogkey/3133106/

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