第十四話 第一段階
神社の境内から海浜公園に場所を移した。
どうやって鬼に気付かれないように移動したのかと言うと、百鬼夜行避けの術を使ったらしい。
陰陽師の大家、安倍晴明が、幼少期に師匠である加茂忠行と出かけていたとき、百鬼夜行に出会った。それを師の忠行に知らせたところ、術を使って難を逃れた。
当然、陰陽師である茨戸もその術は使える。
「ですが、もう追いついてきたようですね」
さすがは鬼です、と先ほどまで大怪我を負っていたとは思えないほど余裕そうに茨戸が言った。
この海浜公園は北側に大きく海が広がっており、防波堤と灯台が見える。南側と東側は駐車場になっており、中央の芝生では普段は家族連れがピクニックをしている。
だが、今は夜中という時間帯なのもあり、人影がなかった。
もしかしたら、鬼の気で自然と嫌な気持ちになって一般人はどこかに行ったのかもしれない。
好都合だ。これから行うのは鬼の調伏。巻き込む人はいない方が良い。
「……ッ! 先輩! 来ました!」
北と東の間、方角としては北東。鬼門から異常な気が膨らんでいた。空気が震え、こちらに圧迫感をもたらしている。
そして姿を現した。筋肉なのか、異様に体が膨れ上がり、三メートルを超す体躯が近づいてくる。真っ黒の闇を纏っているようにも見え、姿をつぶさには見ることができない。しかし、頭部と思わしき部分は、異常に尖った二本の角が見えていた。
「あれで、影とはね」
俺が今まで相手にしてきた幽霊なんかとは全然違う。
本物の怪異だった。
「では、作戦通りにお願いします!」
「ああ! 任せろ!」
茨戸とは移動中に、鬼打倒のための打ち合わせをした。
まず、作戦の第一段階として俺のやることは――
「全力で囮になる!」
鬼の目を引き付けることだった。俺の異常に強い霊媒体質は、鬼には素晴らしく美味しそうに見えるのだろう。
陰陽師である茨戸も相当な霊媒体質のはずだが、すでに鬼は俺しか見えていないようだった。
その隙に茨戸が地面に札を置いていく。
俺は札がずれないように気を付けながら鬼を誘導する。鬼の身体能力は体操選手もびっくりだろう。瞬く間に数十メートルの距離を詰め、今にも俺の頭が叩き潰そうとしてくる。
それを体を後ろに反らすことで避け、無理矢理に距離を取る。
そうして俺が元々いた場所を見ると、クレーターが出来ていた。
「良くてミンチだな、これは。」
身震いする。人外とはまさにこのことだった。
このままでは札を置くのに支障が出るだろう。だったら、俺もやるしかない。
「こっちも、この体質のせいで結構やるんだぜ」
クレーターの中にいる鬼に向かって、俺も全力疾走した。
さっきは、気を失っていた茨戸を背負って、鬼と鬼ごっこをするぐらいには俺も脚力には自信がある。
そしてそのままの勢いで、鬼の頭に全力のキックを見舞った。
脚が音速を超え、振り切った瞬間、破裂音が公園に鳴り響く。
鬼はクレーターの淵辺りに埋まっていたが、ほんの数秒で起き上がってくる。
先ほどよりも明らかに殺意を感じる濁った眼でこちらを睨んできた。
だが、顔の中央が凹み、赤黒の血のような何かを口から漏らしていた。
「さっきよりかは、見れる顔になったじゃないか。感謝してくれ」
言葉が通じるとは思わなかったが、腹の中から上がってくる恐怖を誤魔化すためにも、軽口を叩く。
言葉はわからなくても、馬鹿にしているのは感じ取れたのだろうか、鬼が咆哮を上げて突進してきた。