第十三話 目覚め
少女のまぶたが微かに震え、ゆっくりと開いた。
紅玉の如き朱い瞳がしばらく揺れ、辺りを目だけで見ていたが、こちらに気付いたのだろう、驚きに目を見開き、横たえていた体を起こした。
「ええと……あなたは?」
鈴が鳴るような心地良い声だった。声量は小さかったが、静寂が広がる神社の境内ではよく響いた。
「俺の名前は湍禰。君が路地裏で倒れてたから神社まで運ばせてもらった」
「路地裏……」
何かを考え込む少女。だが、ゆっくりと状況を説明する時間はなさそうだった。
「ところで、君の名前は?」
「あ! すみません。私は茨戸明理です」
「それで、茨戸さん。この状況をどうにかする方法はあるか? 呪術師か何かなんだろう?」
そう言って境内の外を指さす。蠢く闇。怪異は明らかに先ほどよりも近づいていた。
ゆっくりとだが確実に、こちらを殺そうとしている。神社の神気も弱まっているように感じる。
「呪術師というより陰陽師ですけど。なぜ私の素性に気付いたんですか?」
「あんなのに狙われるのは、霊力やら霊媒やらがある奴ぐらいだからな。あたりを付けただけだ」
呪術師も陰陽師も大差ないだろう、と思ったが、何かこだわりがありそうだったので、そこには触れない。そして、この時代に大正浪漫溢れる矢絣柄の袴を着て、しかも謎の大怪我を負っている。堅気ではないはずだ。
巻き込まれただけの一般人ではなく、事情を知っている当事者に違いない。
「そんなことは良いから、アレは何なんだ? 悪霊か?」
「いえ。もっと質が悪いモノです」
茨戸の雰囲気が変わった。先ほどの困惑していた年相応な少女から、歴戦の戦士のような研ぎ澄まされた空気に。
意外と凄腕の陰陽師なのかもしれない。
「アレは鬼です」
「鬼?」
何かの比喩だろうか。
「恐ろしいものという意味ではありませんよ。正真正銘、おとぎ話に出る妖怪の人喰い鬼です」
「……それにしては角とかないな」
さすがに鬼を見たのは初めてだ。だが、自分の中の鬼のイメージと結構違う。鬼のパンツも穿いてないようだ。
「それは、まだ正体を見破れてないからです。鬼は自身の名前や来歴、住処などを人に知られないと、その存在はあやふやな霧のようになってしまうんです。しかもアレは鬼の本体ではなく、体の一部、でしょう」
あれほど濃密な気を持っていて本体ではないらしい。鬼というのは随分とでたらめな存在なんだな。
「じゃあ、どうにかするには、あの鬼のことを知らなくてはならないってことか?」
「はい! ですがこのままでは都合が悪いので、場所を変えましょう。本調子ではないですが、こちらのことを見失わせることぐらいは出来るはずです」
さっきまでは手詰まり感があったが、不思議と、この少女、茨戸と一緒ならどうにかできてしまいそうに感じた。凸と凹がピッタリとハマるような感覚。
「あと……湍禰さん。助けられておいて申し訳ないのですが、力を貸してもらえませんか?」
申し訳なさそうにこちらに目を向けてくる。
「もちろん。何でもやろう」