第十二話 祓
悪霊か悪魔か妖怪か。正体のわからない《《何か》》は鳥居の外。つまり神社の境内に入って来る様子はなかった。
「助かった……のか?」
まだ、根本的な解決は出来ていないが、時間を作ることができた。
そっと息を吐く。張り詰めていた糸がわずかに緩んだようだ。
「手当の続きをしないと」
血は止まっていたが、傷をキレイにしないと後々化膿するかも知れない。それに小石だとかが残っていては、傷が治っても痕が残るだろう。
そう思って、改めて少女の怪我を見ると、赤黒かった裂傷から血が溢れ出ていた。
胸の奥がキュッと締まる。
恐らく、怪異が近付くことで傷との縁が深くなり、傷が開いたのだろう。
怪異によって付けられた傷はある意味、生きていると言っても良かった。怪異を祓わない限り残り続ける。
よく心霊スポットで腕を掴まれてそのまま痣が残るというのと同じだ。
苦々しかった。自分より年下に見える少女が苦しんでいることが。
見ず知らずだとか、他人だとか、もはやどうでも良かった。
苦しんでいる人が目の前にいて、それを何とかできる力があるなら、それを行使することになぜ躊躇う必要がある?
よく言うではないか。やらぬ後悔よりやる後悔。
それに、後で名前でも聞けばこの少女とは、知らない人ではなくなる。将来の知人のために一肌脱ぐのも良いだろう。
腹をくくった。
以前出会った性悪女、常闇の魔女に教えられた方法を試そう。幸い、おあつらえ向きにここは神社だ。神聖な気が満ちている。
やるのは初めてだし、付け焼き刃だが、内容は覚えている。それに俺の体質なら多少のミスは大目に見てもらえるだろう。
深呼吸をした。腹の底から息を吸い、体中の穢れを呼吸とともに押し流していく。
一気に息を吐き、緊張を高める。
再び息を吸った。肺が限界まで膨らみ、伸ばした背筋が筋肉のこわばりで痛みを感じた。
パンッ。
礼をし、拍手をする。そして祝詞を唱える。
これから神々に願うのだ。
「高天原に神留り坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以ちて 八百萬神等を神集へに集へ賜ひ――」
自らを形代にして少女の穢れを受け取ることを。
人形に罪や穢れを押し付けて清めるというのは、日本の各地で行われた神事である。
今、行うのは人形を実際の人間でやるということ。非常に単純だ。
祝詞を唱えながら少女の身体を撫でていく。一撫でするごとに少女の身体から小さな傷が消えた。
そして、大きな裂傷が消え始めた時、俺の身体に激しい痛みが現れた。
痛みに顔をしかめてしまう。祝詞を止めないよう集中しつつも自分の服の下を見ると、そこには少女につけられた傷と同じような裂傷があった。
少女の傷は怪異に付けられた穢れ。つまり少女の穢れを俺の体に移せば傷も一緒に移る。
普通の人間では不可能かもしれない方法。強力な霊媒体質だからこその芸当。
そこらへんの紙を形代にしても人体に傷が出るような強力な穢れを祓うことはできない。
こうするのが最も冴えた方法だろう。