第十一話 逃走
逃げている間、少女は目覚めなかった。
意識のない人間を二本の腕で支え続けるのは容易ではなく、何度も抱き方を変えて、上腕に感じる痛みを軽減した。
その間も、後ろから追い付かれる想像をして恐怖を感じた。
どこかに隠れないと、このままでは捕まってしまう、そう考えて、この近くに神社があることを思い出した。
山の中にある、祠のような寂れた小さな神社だが、悪霊の類は近付けないはずだ。
俺も厄介な幽霊に目を付けられたときは、神社や教会などに駆け込んでいる。そうして諦められるのを待っていれば良い。
「クソッタレぇぇぇーーー!」
すでに腕は限界で、もう夜中と言って良い時間に全速力の山登りをする。気合の声を上げた。
山の頂上近く、木々で隠されたような場所に神社が見えた。
石造りの階段と同じく、石の鳥居をくぐる。
手水舎や社務所なんてものもない、本当に小さな神社だった。
本殿と言って良いのか、賽銭箱が設けられた建物の床に少女を横たえる。
血が乾き始め、少女の装束は湿り、赤黒くなっていた。
「――すまんッ!」
止血するためにも袴の襟を大きく広げる。まだ、幼さの残る少女の顔に妹の顔を重ねることで、見ず知らずの女子の肌を見る罪悪感を打ち消そうとする。
雪のように白い肌には、似合わない大きな裂傷が三本走っていた。
幸いにも血は自然と止まっていたらしい。
傷に触れてしまったのか、少女のうめき声が大きくなった。
この傷が怪異によるものなら、なんとかできる。俺の体質なら。
その方法は身体の傷を俺の身体に移すことだ。
怪異によって出来た傷は普通の怪我と違い、霊的な通り道が出来る。つまり、その怪異と傷に縁があるため、その縁を切って手頃な霊媒に移すことが可能になる。
だが、躊躇する。名前も知らない人のためにやることなのか? 血は止まっているし命に別状はないだろう。
しばらくこの神社で体を休めればいつかは目覚める、と考えた瞬間。
空気が重くなった。
濃密な殺意が辺りに充満する。鳥居の外に何かが蠢いていた。黒と言うよりも闇。まるで憎悪が形をなしているようだった。
「入ってこれねえだろ。お前は」
恐怖をごまかすため、声を出す。体の震えを自覚するとなおさら体が震えてくる気がしてきた。