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9 紫の目のナイフフェチ

  マリアがやっと立ち上がって廊下に出た時、ドリーが足早に近づいてきた。

「マリア様。お客様です」

「客?」

「軍人ですよ! 部下を四人も連れて、礼儀正しいし、それにとっても二枚目でねぇ」

ドリーは面食いだった。

 この屋敷は中から門前の訪問客と話せるようになっているが、ゲートを開けてやらないと絶対に入れない。

「まったくもう、事前連絡も何もないわけね」

でも今は、何でもいいから気をそらしてくれるものが欲しい。

「客間にお通ししてちょうだい」

「部下の方たちは?」

「下のフロアでお待ちいただくようにして」


 客間に入ってきた男は、服装からして高級士官らしい。年の程は三十歳前後といったところか。物腰も洗練されていて、上流階級の出だろうと思わせた。顔立ちは、ユージーの少し苦味のある顔つきに対して、甘いマスクと言えるだろう。髪はブロンドで紫色の瞳を持っている。

 「アーチボルトです。お目にかかれて光栄です。噂には聞いていましたが、実にお美しい。アイランズの大気は佳人を作るのですね」

「よく言われます。で、ご用件は」

アーチボルトは一瞬面食らったが、

「実は私、今度総合評議会首席ノアタック・A・キャラハン閣下じきじきのご命令で、デモノバイツ捜索プロジェクトをまかされましてね。フラビー大佐の後任として」

マリアの体が固くなった。しまった。ムチを身に付けていない。

 が、アーチボルトは楽しげな含み笑いをした。

「まぁそう警戒しないでいただきたい。私は前任者のような品のない男とは違う。フラビーは解任されましてね、奴の暴挙を私がかわってわびに参ったのです」

マリアはちょっと気をよくした。傲慢な地球軍人にしてはなかなか立派なものだ。

「お許しいただけますか」

「よくあることですから」

本音だ。が、アーチボルトはジョークと受けとったようだ。

「ははは! これはこれは、寛大ですねぇ。では私の質問にもこころよく答えてくださることと期待してもよろしいでしょうか」

「質問?」

「実はあの夜諜報部ビルが半壊したのですよ。ご存じですか?」

ご存じも何も。

「私がその場にいたことご存じなんでしょ? 生きているのが不思議なくらいです。フラビー大佐もよく無事でしたわね」

「ええ、あの夜は負傷者はいても死者は一人もでなかったんです」

マリアは両眉を上げた。あれだけの騒ぎで死者がでなかったなんて。

「建物は半壊、中に二百名以上の人間がいて、なのに死者は一人もいない。これには何かの意思が働いていると思いませんか」

「意思? 神の? あなたもずいぶん古めかしい宗教を信じていらっしゃるのね」

「いいえ、デモノバイツのですよ」

アーチボルトは紫の瞳で鋭くマリアを見た。見られてもちっともかまわない。

「あのはつかネズミ?」

「! あなたもご覧になった?」

「目が火のように燃えて。そんなにやさしいネズミのようには見えませんでしたけれど」

「それなら話は早い。そのネズミについてあなたのご意見が伺いたいんですよ」

「ご意見というと、愛玩用にするには少し大きすぎるようだとか、食肉用にするには狂暴にすぎるとかそういったこと?」

「・・・あなたにはユーモアがおありになる」

「よく言われます抱腹絶倒だって」

「・・・・・」

アーチボルトはせきばらいをひとつした。

「単刀直入にうかがいましょう。私はあのはつかネズミがデモノバイツだと思っている。そのことは今あなたも言われた。あなたはどうしてそのはつかネズミがデモノバイツだと知っているんですか」

痛いところをついたつもりのアーチボルトはすぐにがっかりさせられた。

「フラビー大佐がおっしゃいましたの。デモノバイツがはつかネズミに化けて父を助けたって」

「・・・なるほど。それであなたはデモノバイツがあなたを助けに来たのだと思いますか」

「わかりません」

「わからない?」

「あの時はつかネズミが『助けに来たよ』とでも言ってくれればよかったんですけど、残念ながら何も言ってくれなかったので、私てっきり襲われたんだと思いましたもの」

実際ユージーが来てくれなければ助かったかどうか。

「では今はどのようにお考えですか」

「結果的に私は助かりましたが、はたして助けに来たのかどうか・・・。少なくとも二代続けてまわりにはつかネズミが現れたのは偶然とは思えませんけど」

「そう、偶然とは思えませんね」

アーチボルトの目が光った。

「こんな事件はここ三十年間地球ではおこらなかったことです。われわれデモノバイツ捜索プロジェクトも植民星や近辺のスターダストばかりを探していました。そしてあなたが地球へ来て、この事件です。これはいったいどういうことか」

知るものか。

「つまり、デモノバイツは惑星ホワイツにいて、あなたがたと共に地球にやってくるのだということです」

「・・・なんですって?」

「あなたは今回一人しか使用人を連れてこなかった。それはたった一人でも十分だから、ということではないんですか?」

全身の毛が逆だった。

  ドリー? ドリーだっていうの? まさか!

マリアはその不安を押し殺して微笑を浮かべた。

「まぁ、ドリーを疑ってらっしゃるのね。おかしいこと」

「おかしい?」

「ドリーは私が生まれたときからの乳母ですのよ。二十年間一緒に暮らしていますけれどドリーが夜な夜なネズミに変身するなんてこと聞いたこともありません。だいいちホワイツで化け物がでたことはないんですよ」

「なるほど。しかし疑いは晴れるにこしたことはないでしょう」

「・・・何をするおつもり?」

アーチボルトは含み笑いをした。

「ドリーさんの髪の毛を一本。私の見ている前で抜いてこちらにいただきたい。それだけです」

「髪の毛? まぁ、どういうわけで」

マリアは必死でとぼけた。ドリーがデモノバイツのはずはない。でももしそうだったら? 髪の毛を調べられたらドリーは・・・。

 その時ギイッと扉が開いた。

 ドリー! 今来ては・・・! と、ふりむいたマリアは、そこに見たくもないほど汚らわしい顔を発見してほっとした。ユージーだ。

 手にティーカップを二つのせた盆を持っている。マリアに言われた通り軍服を着こんでいるが、おそらくドリーに茶を持っていくよう頼まれたのだろう。ドリーは階下の兵士たちの相手もしなければならないから。

 ユージーは気まずげに、マリアの顔を見ないよううつむきかげんに近づいてきたが、マリアはことさらじっとにらみつけてやった。が、その時、そのマリアのすぐ横を、黄色い光がぬけた。光はユージーの左腕をかすめて消えた。

 ガシャアアン! と床に盆が落ち、ティーカップが割れた。カーペットの花が茶の色に染まる。

「つっ・・・」

と左腕をおさえたユージーの右手のすきまから、赤い血があふれる。

「ふん、なんだ人間か」

アーチボルトはつまらなそうに言うと手に持った銃を腰におさめた。

「な・・・・」

マリアはあまりのことに声もだせない。

「少尉? それがなぜこんなところにいるか」

アーチボルトは冷ややかに聞いた。自分があやまちでケガをさせたことなど露ほども気にしていない。

「俺・・・自分は・・・シュルツ次席の命令で、マリア様の護衛を勤めています」

ユージーは左腕をおさえたまま答えた。痛みのためだろう額に汗がにじんでいる。

 アーチボルトは左眉をあげた。

「シュルツ次席? ふん? おまえの部隊は何処だ」

「じ、自分は・・・」

ユージーは言いよどんだ。

 沈黙が、一秒、二秒、三秒。

 マリアは思わず立ち上がった。どうして返事ができないの!

「その・・・」

ユージーの顔がゆがむ。腕の痛みのためだけではないようだ。

「きさま、軍人ではないな」

アーチボルトは立ち上がるとズカズカズカッとユージーの所まで歩み寄ると、ガッ! と音が響くほどにユージーの顔を殴った。

 ああ、あんなものユージーならよけられるのに! と思った瞬間、自分が殴った時も、ユージーはよけなかったことに気づいた。

 そしてそのあとでようやく、アーチボルトの言葉の意味に思い至ったのだ。

「軍人じゃない?」

「マリーアネット閣下。こいつは地球軍人じゃありませんよ。だまされましたね」

アーチボルトは腰からサラリと長刃のナイフを抜いた。昔ながらの鋼のナイフだ。今時こんなものを持っているとはこのアーチボルト、刃物愛好癖があるらしい。

 「きさま、何ものだ?」

アーチボルトはユージーの喉もとにナイフの切っ先をつきつけた。

「お、俺は・・・」

「なぜマリーアネット閣下の屋敷にまぎれこんだ。何が目的だ」

「・・・・・」

ユージーはチラリとマリアの方を見て、視線を落とした。

 マリアはぼう然とするしかない。

 スパイだと思ったら今度は地球軍人でさえなかったときた。

「きさま地球の人間ではないな。どこの星の者だ! 答えろ!」

ユージーは諦めたようだった。顔を上げた。

「俺は・・・惑星ラグナから来た。傭兵だ。マリア様のボディガードをするためにシュルツ次席から呼ばれたんだ」

「惑星ラグナの傭兵だと? χχχのか」

「そう・・・」

惑星ラグナの傭兵組織χχχに登録されている傭兵は、そのへんの軍人などでは太刀打ちできない程のすご腕と定評がある。

 アーチボルトは汚いものでも見るように、ユージーを見上げた。

「植民星の傭兵のぶんざいで! どうして神聖なる地球軍の軍服を着ている! 脱げ!」

ユージーは右手を左腕からはなし、首のあたりのボタンに手をやろうとした、が、アーチボルトはその前にナイフをユージーの上着ののどもとにつきたて、真下にひきさいた。バラリと上着がひろがる。胸をナイフが傷つけたのか、血の玉がもりあがって、流れた。

ユージーは視線をカーペットにおとし、黙って体にぶらさがる上着とシャツの残がいをぬぎ、床に捨てた。むきだしになった左腕からはまだ出血が止まらない。

「下も脱げ」

ユージーはギクリとした。

「待ってくれ。マリア様の前で・・・」

アーチボルトは含み笑いをした。

「きさまらのような奴にも恥の感覚はあるのか? サルに服などいらん。裸で出ていくんだな」

アーチボルトはナイフを持ちかえてユージーのベルトをブツリと切った。

 ユージーはギリッと歯をかみしめた。屈辱のあまり顔色が青黒くなっている。しかし、抵抗せずに、床に視線を落とした。

アーチボルトはナイフをふりあげて残りの軍服をひきさこうとした。その手を、いつのまに近寄っていたのか、マリアがつかんだ。

「私、男性ストリップを見る趣味はないの」

ユージーは屈辱の底からマリアを見上げた。

「ふふ、目をつぶっておいでなさい。この男は植民星の傭兵のぶんざいで地球軍の、こともあろうに小尉を名乗っていたのですよ。言うならば地球軍を侮辱したも同然です」

そのとたん、マリアの顔つきが変わった。

 女神から鬼神に。

「おだまりなさい!」

マリアは一喝した。アーチボルトがナイフを取り落とした程の大音声で。

「黙って聞いていれば植民星植民星と。私もその植民星の人間よ。出ていって。今すぐ!」

アーチボルトはあごがはずれたようにポカンと口をあけた。

 そして、あろうことか、ぐにゃりと顔をゆがめると、大声をあげて笑い出したのだ。

「あっはっはっはっ。これはこれは。評判以上の勇ましさだ。気に入った! よろしい、私の妻として合格だ」

「・・・・・!」

マリアは、怒りのあまり口がきけなくなった。

「私の妻になりなさい。あなたはしょせん治星官どまりですが、私は将来必ず評議会主席になる男ですよ」

アーチボルトの手が、マリアの頬にのびようとした。が、その前に、アーチボルトののどにさっき取り落としたナイフの切っ先がピタリとつけられた。

 ユージーだ。

「き、きさま、なにを・・・」

するか、と言いかけて、アーチボルトはゾッとした。ユージーの全身から発する冷たい殺気。

「や、やめろ・・・、こんなことをして・・」

ユージーは本気だった。脅しではなかった。

「やめてくれ!」

アーチボルトの額から汗がふきだした。

「ユージー、やめて」

マリアが言った。ナイフがアーチボルトののどからはなれた。

「アーチボルト、お帰りなさい。二度とこのあたりに顔を見せたら命の保証はしないわ」

アーチボルトは襟を正して格好をとりつくろうと、

「・・・後悔しますよ」

と言い放って出ていった。

 シン、とした。

 ユージーはドアの方に歩き出した。

「どこ行くの」

マリアの冷ややかな声が響く。

「・・・だますつもりじゃなかった。傭兵じゃうさんくさくて信用されんだろうとシュルツが軍服をくれたんだ。シュルツも悪気はなかったんだ。それだけは信じてくれ」

「そんなこと聞いてない。どこに行くのよ」

「すまなかった・・・」

「ここにいなさいって言ってるのよ!」

ユージーは驚いてふりかえった。マリアの泣き出しそうな顔があった。

「いればいいでしょ! なによあなたみたいな腰抜け、ラグナに戻ったって仕事ないわよ。あんな奴に殴られっぱなしになって、どうしてやり返さなかったのよ!」

「・・・悪いのは俺だ」

「何が! あいつは関係ないじゃないの!」

「あの男はどうでもいいが・・・、あの、あなたをだましていた」

 その刹那、せつない程の感情が、マリアの胸にわきあがった。張っていた気の関が切れて、ユージーの方へなだれこんだ。

この人を信じよう。

 「あ・・・」

マリアは口の中で小さく声をあげた。

「まさか、シュルツ次席と疑われてないがどうのって話してたの傭兵のこと?」

「ああ・・・。だけど傭兵をつけたのは馬鹿にしてたんじゃない。俺はこれでもその辺の軍人より腕はたつつもりだ」

ユージーは自分が正規の軍人じゃないことがマリアを傷つけると思っていたらしい。

 マリアは今心から理解した。シュルツ次席は本当にチクバの親友だったのだ。マリアの為に本当に腕のいいボディガードをつけたかったのだ。

「あなたもシュルツ次席もわかってない! 私地球軍人なんて大っ嫌いなの! 移民星の人間だって最初から言ってくれたらよかったのに!」

「え?」

地球軍のスパイなんかじゃなかった。地球人でさえなかった。ユージーは、今まで本当に私のことを心配してくれていたんだ。

 マリアは微笑んだ。喜びにあふれた、輝くばかりの微笑だった。ユージーは、ポカンと口をあけて見惚れていたが、我に返ってぶるぶるっと首をふった。

「あ〜、とにかく、俺は、出ていかなくてもいいわけか?」

「出て行きたいの」

ユージーは赤くなって、言った。

「・・・いや」

マリアはその返事に満足した。

「じゃあいなさいよ」

ユージーも緊張がほどけるように微笑みかけたが、ふと気づいたように顔をしかめた。

「なによ」

「あの野郎きっとこのまま黙っちゃいない。あの手のタイプは根に持つし、閣下に一目惚れしたのは本当のような気がする。一族に権力のあるヤバイ奴がいないかどうかシュルツに調べてもらおう」

「いいのよあんなナイフフェチ! また来たら返りうちにしてやるんだから!」

と、ナイフフェチで思い出した。

「あなたそのケガ大丈夫? ちょっと見せて」

と手をのばすのにあわてて逃げて、

「い、いや、もう血は止まった。これくらいなんてことはない」

その時、ドアの方で大声がした。

「ユージー!」

ドリーだ。

「何で裸なんだよマリア様の前で! あんた、まさか・・・」

と言いかけてユージーの左腕で乾きかけているおびただしい量の血に気づいて目を見張った。そしてマリアの方をじとっと見た。

「な・・・、私じゃないわよ! 撃ったのはアーチボルトよ、さっきの客!」

「あの二枚目? なんでまたユージーを。また来るからお忘れなく、なんて言って機嫌よく帰っていったけどねぇ」

マリアとユージーは顔を見合わせた。やはりあの男、ただじゃすまない野郎のようだ。


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