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7、復讐こそわが命

 「ええ。チクバ治星官が留学中にデモノバイツに守られていたというのは各星の治星官の間では有名な話です」

講義終了後、マリアに近づいてきたクレイモアにこちらから疑問をぶつけたマリアは、昨日の話が本当だったことを確認した。

「それで私がデモノバイツのことを知ってると思ったのね」

「だけどどうしてわかったんです? チクバ治星官と連絡をとった・・・わけはないですね。一日では通信が届くはずもないし。軍の最新設備を使えばかなり早いとは聞いてますが」

「ん、まぁ、そうじゃないんだけど。軍のおかげで知ったのは確かね」

「でも、本当にあなたがデモノバイツに会う方法を知らないとは思いませんでしたよ。あなたが危険な目にあわないと現われないんじゃ・・・会いたいなんて考えるのも、しばらくやめましょう」

マリアは不本意ながらユージーと顔を見合わせた。この人は育ちが良くて人も良いのだ。隠しておくのは良心が痛む。

「あのね・・・実は、私、昨日誘拐されて・・・」

「えっ? もう?」クレイモアは目を丸くした。

「早いですね。さすが資源豊かな星の次期治星官は違うなぁ。よかった無事で」

「ええ、それで、これも早速なんだけど、デモノバイツが現われて・・・」

クレイモアの表情が固まった。声も出ないようだった。

「・・・ど、ど、ど・・・」

「軍の諜報局ビルなの。全壊したと思う」

クレイモアは立ち上がって走りだした。

「レーコ! 車を! 校門に!」

マリアは走って行く二人を見送ったが、軽く首をふった。

「もうとっくに居ないって言ってあげたほうがいいかしら」

「そこにデモノバイツが居たっていうだけで行ってみたかったんじゃないでしょうか」

「そこまでデモノバイツに会いたいって理由は何なの?」

「さあ」

「知りたくなってきちゃったんだけど、追いかけていいかしら」

「言っておきますが俺を置いて行けると思わないでくださいよ」

そうは思ってなかったのでユージーの呼んだ車でクレイモアたちの後を追いかけた。

 諜報局ビルには行けなかった。道が閉鎖されて兵士たちが立ち入りを止めていた。

 その近くで車を止めて壊れたビルを未練がましく眺めているクレイモアとレーコにマリアはそっと声をかけた。

「行きましょう。デモノバイツはいないわ。突然現われて、突然消えてしまったの」

「・・・今確かに地球に居るんだって証拠があの壊れたビルだから、もうしばらく見ていたいんです」

クレイモアは振り返らずに言った。

「どうしてそこまでしてデモノバイツに会いたいの? あなたが次男でありながら地球に留学しているのと関係があるの?」

クレイモアの肩がビクリと震えた。レーコがぐるりと首をまわしてマリアを見た。黒い目が悲しそうに見える。

「僕は人質なんです」

クレイモアは言った。そして振り返った。

「聡明なあなただからおそらく事情は察しているでしょう。僕は二十二で、もう地球へ来て三年たちます。・・・そして、たぶん死ぬまでクレムゾンには帰れないでしょう」


 マリアとクレイモアは公園のベンチに腰掛けた。ユージーとレーコは周りに立って見張っている。

 「僕の星のクレムゾンが十七年前に地球本部から独立をはかったのはご存じですね」

「ええ。知識としては」

「クレムゾンは失敗しました。それも即座に、完膚なきまでにたたきつぶされました。それ以来クレムゾンには地球本部とまともに交渉するだけの力もありません。常に強力な監視の下に置かれ、経済も政治も地球本部の支配下におかれています。そして再び独立など考えないようにと、人質が地球に出されました。最初は僕の兄が。父が亡くなって兄が治星官になってからは僕が地球に住んでいます」

「・・・知らなかったわ」

とマリアは言ったが、それは人質の件についてだった。本当はクレムゾンが独立失敗の後、地球の強い監視の下に置かれていることは知っていた。それは同様に独立を望んでいるホワイツ他の移民星にとって恐ろしい前例と言えた。

「それでどうしてデモノバイツを探してるの? その力を使って今度は独立を成功させようって?」

とたんにクレイモアの優しげな顔がゆがんだ。

「それもあります、もちろん。でも、それよりも先にしなければならないことがあるんです。デモノバイツを手に入れたら、僕は、僕は、宇宙軍総司令官のタフベルトを殺す!」

マリアは息を飲んだ。この男はこの優しい坊ちゃん顔の裏に、こんな激しい憎悪を隠していたのか。

「タフベルトに手篭めにされたとか」

もし図星だったらどうしようと心配しながらとりあえず冗談を言ってみた。クレイモアはかすかに笑った。

「失礼しました。とりみだして。クレムゾンがこういうことになったのは奴のせいなんです。・・・僕の父は、無鉄砲に独立をはかろうとするような馬鹿な治星官じゃなかった。だけど、いつかは地球から独立したい、それが全ての移民星の夢でしょう? あの男は、その夢を利用したんです。父に、独立ができると持ちかけたんです。・・・その頃タフベルトは物資輸送船の護衛艦に乗って、時々クレムゾンに来ていました。そして少しずつ父に近づき、首席ノアタックに対する不満を言い立てたんです。父はそれをタフベルトの本心だと信じました。ある日タフベルトは、クーデターをおこすつもりだと父にもちかけました。だから同時に独立の為に挙兵してくれと。移民星で反乱がおきれば、地球軍は必ずクレムゾンに向かって動き出すでしょう。そのスキに軍のいない首都マガドーグをクーデターによって占拠するのだと。そして自分が新しく主席になれば、その時にはすべての移民地を開放する、と。

 これは恐ろしい賭けでした。しかしこの機会をのがしてはいつ独立できる日が来るでしょうか。父は約束し、独立の兵をあげたのです。しかし、それを迎え撃ったのはタフベルトの艦隊でした。文字通り、待っていたように攻撃をうけました。挙をつかれたクレムゾン艦隊はなすすべもなく、その日のうちに壊滅されました。罠だったんですよ。タフベルトが欲しかったのは主席の座じゃなかった。宇宙軍総司令官の座だったんです。タフベルトはクレムゾンの独立軍を鎮圧した功績で総司令官になりました。父は、星民から軽率と非難され、憎まれ、無念のままに死んでいきました。・・・宇宙軍総司令官となってしまったタフベルトに近づき、倒すのは僕の力では無理だ。でもデモノバイツなら、人間の力をはるかに越えるデモノバイツなら、きっとタフベルトを倒せる」

クレイモアは口を閉じた。

 マリアには同じ移民星の治星官一族として、独立に夢をかける気持ちはよくわかる。その夢を、自分の出世のために利用したタフベルトは許せなかった。

 だけどマリアに何が出来たろう。惑星ホワイツさえ守れるかどうかの危うい賭けの真っ最中だというのに。

「あのね、デモノバイツは私を助けに来てるわけじゃないと思うの」

「だけど実際昨夜・・・」

「実際助けてくれたのはユージーで、私もう少しで死ぬところだったの。私も一緒にデモノバイツに襲われたんだもの。だから、お父様と私には共通のものがあって、それが何か・・・危険が迫った時に発信されて、デモノバイツはそれに寄って来てしまうのかも」

「それなら・・・、あなたの近くにいさせてもらえませんか。デモノバイツにも会えるし、迫った危険はレーコが救えるし、一石二鳥です。いえ、僕でもけっこうこう見えて暇つぶしのお役に立てますよ。だじゃれだって言えます。披露しましょうか?」

「ううん、いい。眠れなくなりそうだから。それに私のそばにはずっとユージーがいるのよ。ユージーは地球軍人なんだもの。タフベルトの命を狙ってるなんて知れたら大変よ」

マリアはチラリとユージーの後姿を見た。この距離なら話は聞こえていないはずだ。

「それは大丈夫でしょう。ユージーはシュルツ次席からつけられたボディガードなんでしょう? シュルツ次席とタフベルトの仲が悪いのは有名な話ですよ。シュルツ次席は立派な方です。地球は移民星の自治を尊重し同等に貿易を行うべきだと常に主張してくださっています。次席がいなければ治星官制度もあのノアタックの独裁下で無くなっていたかもしれません。次席には根強い人望があって、あのノアタックでさえ無視することはできないんです。だけど少しずつ少しずつシュルツ次席の権限を剥奪して孤立させようとしていて、部屋もあんなところに追いやって・・・。本当にひどい」

「ふうん・・・」

マリアには素直に聞けなかった。そうそう高潔な政治家なんているはずがない。それも資産家だなんて、ユージーをスパイにつけたあの手際から見ても相当な悪党に違いない。

 「ねぇ、デモノバイツをずっと探してたって言ってたけど、どうやって探すの? 普段は人間に化けてるんなら、これだけの人口の中でどうしようもないんじゃない?」

「目印があるにはあります。デモノバイツは人に化ける時はどうしても髪が青くなってしまうんだそうです。しかし部下に星中を探させましたが青い髪の人間は見つかりませんでした。まぁ・・・普通の色に染めてるんならどうしようもないですからね」

マリアはクレイモアの本気を感じて黙り込んだ。クレイモアは本気でデモノバイツを探して本気でタフベルトに復讐しようとしている。

 その時、マリアはレーコがすさまじい勢いで突進してくるのに気づいた。

「しゃがんでください」

レーコはマリアとクレイモアの前で両手を広げた。そのレーコの体でレーザーがはじけて光った。

 ユージーが銃を撃つのが見えた。そして生垣の陰の誰かが倒れるのが。あの死神のマスクには見覚えがある。

 公園で遊ぶ家族の悲鳴があがる。気がつけば、公園は大勢の死神たちに包囲されていた。まさか公園ごと包囲するとは!

「こいつだ! こないだはこの男にやられたんだ。軍人だぞ!」

死神の一人がユージーを指さしてどなった。

  ガチャリ、とバズーカ砲にすら似た大型の銃を数名の死神がユージーに向かって構えた。

「ちっ!」

この武器は自分用らしいと見て取ったユージーは、マリアたちから離れて銃砲の方に走った。これでは的になりに行ったも同然だ。

「ユージー! だめ!」

マリアは思わず叫んだ。

 が、銃砲はかなり重いようで早く動くものにはすぐに照準をあわせられない。そういう弱点をユージーは一目で見て取ったらしい。ユージーが走りながら照準をあわせる方がはるかに早かった。死神たちは気味の悪いつぶれた声をあげながら次々倒れた。ユージーに向けても無駄だと見て取った死神はマリアに銃砲を向けた。しかしそれもユージーは許さなかった。風のように走りこみ、サーベルで銃身を切り撥ねた。原子で分子構造を切断する。理論的にはあらゆる物質を切り裂くサーベルだが、実際にやってのけるのは神の業だ。

 しかしマリアにはユージーの技に喝采を送っている余裕など無かった。ムチを縦横無尽に操って、襲い来る死神たちと戦っていた。レーコはレーザーをはじく体でクレイモアを守り、近づく敵はなぎ倒していた。クレイモアの命令でマリアも守っていたが、四方八方からの攻撃を全て跳ね返すことなどできはしない。クレイモア自身もなかなかのサーベルの腕前だが、サーベルは基本的に防御用だ。敵の数を減らすことが出来ない。息をつぐ暇さえ無い。

 マリアのムチが赤い火花を散らして死神の銃をもぎ取る。しかしそれを別の死神が拾ってマリアに銃口を向ける。

 マリアは銃口を見つめた。間に合わない、かも。

 が、白い光の螺旋が滑るように飛んできてその死神の体を切断した。

 ユージーだ。ユージーが戻ってきた。ユージーは大根を切るように死神をぶった切り、なぎ払った。

 気がつけば形成は逆転していた。数では、やはり圧倒的に死神たちが有利だ。しかし今や死神たちは怯えていた。ユージーに。死神たちはどうやってマリアを殺すかよりも、どうやったらユージーに殺されないですむかを考えていた。それを見て取ったマリアが叫んだ。

「死神ども! 今度も作戦は失敗よ。長居しても負傷者が増えるばかりでしょう。帰って出なおしなさい!」

死神たちは互いに顔を見合わせた。しかしマリアの言うことは正しい。逃げられる余力のあるものは、すばらしい引きっぷりでいなくなった。

 ユージーとレーコはしかしかなり長い間動かなかった。全世界の気配をすべて察知しようとしているようだった。やがてレーコが言った。

「行きました」

ユージーは小さく息を吐いた。クレイモアも、マリアも。

 ユージーは振り返ってサッとマリアの全身を上から下まで見た。レーコも同じようにクレイモアの体を確認している。ユージーはそれから公園にいた他の人たちの様子を見渡して、顔をゆがめた。

  阿鼻叫喚。

 火がついたように泣き叫んでいる子どもたち。それを抱きしめる母親。腰を抜かした大人。転がる死体。流れる血。煙をあげる銃砲。ほんの十分前まであれほどのどかだった公園が、今や血みどろの地獄絵図と化している。

 ユージーはうなり声をあげた。マリアは、不本意ながらユージーの気持ちが分かってしまった。迂闊だった。見晴らしがいいから襲撃されたらすぐ分かると思った。それは身を隠せる場所が全く無いということでもあったのだ。一般人がこれだけいたら襲っては来ないだろうと思った。一般人の犠牲を考えていなかった。

 ユージーは左腕のリストビジョコムで何やら一言二言通信をした。おそらくシュルツに連絡して後の処理を頼んでいるのだろう。もしかすると警察か軍に連絡しているのかもしれない。

 「一般人に被害は無いようです」

戻ってきてユージーは言った。

「人質を取られなくて助かったわ」

「連中は、見知らぬ人間を人質にされて閣下が動揺するなんて思っちゃいませんよ」

「ユージー君!」

クレイモアがどなった。左腕をレーザーが掠めたのだろうケガをしていて、レーコが治療している。

「失礼じゃないか」

「閣下がそう思わせてきたんでしょ」

マリアはユージーを睨んだ。その通りなのだ。冷酷だと思わせておけば、情をつかれて隙を作ることもない。誰かが人質にとられることもない。親しい人間を作らなかったのは、その人間に迷惑がかかるからということもある。だけどユージーがそんなことを理解して言ったはずはない。ただ単に、自業自得だと言いたかっただけだろう。そんな、理解してくれてるなんて、はずはない。期待をさせる、この男が嫌いだ。

「急いでここを離れましょう。また襲われないとも限らない。閣下は爆弾なんですよ。周りに無差別に被害が出る」

「ユージー君!」

「いいの、急ぎましょう。あなたのそのケガだって私のとばっちりなのよ」

 四人は素早く車に乗り込んだ。車を走らせて、ユージーはレーコの体を点検しはじめた。

「何を、してますか」

「服が焦げている。火傷しなかったか」

「レーコは、火傷しません」

「女の子なんだから体を大切にしなきゃだめだ」

「・・・・・」

レーコの人工知能が返事に困ったようだ。

「ユージー君は、何かおかしな趣味を持っているんでしょうか」

クレイモアがこそっとマリアにささやいた。

「さあ・・・(あるかも)。それより残念だったわね」

「何がです?」

「危険な目にあったのにデモノバイツが来なかったでしょ」

クレイモアはわずかに口を開けた。それからすっと背筋を伸ばした。

「マリーアネット・・・。あなたの無事に勝るものは何も無い。・・・僕は、いつかあなたにふさわしい男になって、必ずあなたにプロポーズします」


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